著者
坂井 愛理
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.71, no.1, pp.119-137, 2020 (Released:2021-07-16)
参考文献数
26

生活の質向上を目的とした今日の治療ケアにおいて,専門家には,患者の普段の暮らしぶりを把握し,患者の生活にあわせたサービスを行うことが求められている.本稿は,治療中のやりとりの中で,専門家が患者の生活行動に関する情報を引き出す方法を,訪問マッサージのサービス場面の会話分析を行うことによって明らかにした.データにおいて,治療中に新しい問題に気がついたという発話(「気づき発話」)を施術者が患者に向けると,症状に対する理由説明として,患者がその問題を普段の生活に差し戻すような説明を与えることが繰り返し行われていた.これらの説明は,施術者が,自らが知覚した情報を説明不十分なものとして組み立てることによって,患者から引き出されたものである.この間接的な説明引き出しの技法は,患者の参加が不可欠な形で症状を理解することを可能にしていた.なぜならこの技法においては,施術者の専門的所見は患者の説明によって裏付けられることを前提としているため,専門的所見を述べる活動の成否が患者の説明に依存しているからである.一方この技法は,治療において語られるべき患者の側の説明があるという施術者の想定を示すものであるため,患者の私生活を問題化するという特徴をもつことも見出された.このような実践を通して,専門家と患者の協働によって,症状を患者の日常生活から理解することが達成されていた.
著者
坂井 愛理
出版者
日本社会学理論学会
雑誌
現代社会学理論研究 (ISSN:18817467)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.111-124, 2019 (Released:2020-03-09)

ケアの目的が患者の生を支えることであるならば、老いや麻痺を抱える身体とともにある苦悩や嘆かわしさは、ケアがかかわる重要な領域の一つである。その一方で、こうした身体のままならなさは、専門家の提供する技術を通しては完全に取り除くことができないものとしてある。では、患者は、病める身体のままならなさを、自らをケアする専門家に対してどのように訴えるのだろうか。本稿は、患者が訴えのために用いることが可能な方法を、訪問マッサージの相互行為を例に考察することを目的とする。施術中に患者が身体にかかわる問題を訴えたとき、施術者は、部位の特定、問題の是認と対処を行うことによって、患者の訴えを、施術の対象としてサービスの手順の中に組み込むことができる(問題の施術化)。患者による苦悩や嘆かわしさの訴えは、こうした施術者が進行する問題の施術化から、相互行為の展開を差別化することによって行われる。患者の抱える身体のままならなさが、サービスの対象となり得ないものとして訴えを分節化することによって記述されるのならば、マッサージによって解決可能な問題と、患者の抱える苦悩や嘆かわしさといった問題とは、訪問マッサージの場面において非対称的に存在していることになる。ただしこの非対称性は患者の語りや経験を抑圧するものではない。マッサージサービスの手順的進行性は、患者がままならなさの訴えを組織する際にリソースとして利用可能なものである。