著者
塚田 花恵
出版者
国立音楽大学
雑誌
研究紀要 = Kunitachi College of Music journal (ISSN:02885492)
巻号頁・発行日
vol.57, pp.209-218, 2023-03-31

本稿は、19世紀フランスの作曲家エクトール・ベルリオーズが執筆した小説『ユーフォニア、あるいは音楽都市』のうち、「パリ」と「第三の手紙」を、日本語に翻訳したものである。この小説は、1844年に音楽雑誌『ルヴュ・エ・ガゼット・ミュジカル・ド・パリ』に発表され、その後『オーケストラ夜話』(1852年) の一部となった。ベルリオーズはこの小説において、ファム・ファタルによって狂わせられていく二人の青年作曲家―これらの登場人物は、ベルリオーズ自身と、かつて彼と恋愛関係にあったピアニストのカミーユ・モークをモデルとしている―の悲劇を軸として、同時代のヨーロッパの音楽文化を、ときにユーモアを交えて鮮やかに描き出した。ベルリオーズの伝記的な資料としても、19世紀フランスの音楽批評としても、第一級の史料的価値をもつテクストだと言えるだろう。
著者
塚田 花恵
出版者
日本音楽学会
雑誌
音楽学 (ISSN:00302597)
巻号頁・発行日
vol.61, no.2, pp.65-79, 2016-03-15

French music historiography after the Franco-Prussian War evolved in terms of redefining cultural identity. This study attempts to provide a better understanding of one of the modes of writing music historiography in 1910s France, through analysis of the narrative of progress adopted in Jules Combarieu's Histoire de la musique des origines a nos jours (1913-1919). Combarieu, a republican, presented in his Histoire de la musique the historical development of music in the 19^<th>-century France as a process of progress and a series of emancipations: from the Church during the Middle Ages and Renaissance, and from the court through the French Revolution. He described the progress of the genres of symphony and opera as a phenomenon that occurred mainly in France, assigning a significant role to Berlioz. Consequently, Combarieu's narrative places France on the central stage of the European music history while including German canonic composers. In his historical account, however, Combarieu devoted more space to Beethoven and Wagner than Berlioz. The reason behind this is the collision between the musical taste of the author, a former enthusiastic Wagnerian, and the German music reception in France during World War I. In fact, Berlioz's music was expected to contradict Wagnerism since the 1880s. With its academic justification for assigning Berlioz an important historical position, Combarieu's history of music contributed greatly to Berlioz's canonization that began after the Franco-Prussian War. The narrative of progress presented in Histoire de la musique that depicts Berlioz as a musical symbol of the French Republic and simultaneously gives an ambivalent evaluation of Wagner reflects an historical phase of music historiography after five decades of its existence, which evolved in relation with identity politics in France since 1870.
著者
塚田 花恵
出版者
国立音楽大学
雑誌
研究紀要 = Kunitachi College of Music journal (ISSN:02885492)
巻号頁・発行日
vol.56, pp.181-191, 2022-03-31

本稿は、19世紀フランスの作曲家エクトール・ベルリオーズが執筆した小説『ユーフォニア、あるいは音楽都市』のうち、最初の「第一の手紙」と「第二の手紙」を、日本語に翻訳したものである。この小説は、1844年に音楽雑誌『ルヴュ・エ・ガゼット・ミュジカル・ド・パリ』に発表され、その後『オーケストラ夜話』(1852年)の一部となった。ベルリオーズはこの小説において、ファム・ファタルによって狂わせられていく二人の青年作曲家――これらの登場人物は、ベルリオーズ自身と、かつて彼と恋愛関係にあったピアニストのカミーユ・モークをモデルとしている――の悲劇を軸として、同時代のヨーロッパの音楽文化を、ときにユーモアを交えて鮮やかに描き出した。ベルリオーズの伝記的な資料としても、19世紀フランスの音楽批評としても、第一級の史料的価値をもつテクストだと言えるだろう。
著者
塚田 花恵
出版者
日本音楽学会
雑誌
音楽学
巻号頁・発行日
vol.61, no.2, pp.65-78, 2016

普仏戦争後のフランスの音楽史研究は、文化的アイデンティティの模索と隣り合わせに発展したものであった。本論文の目的は、ジュール・コンバリューが著した『音楽の起源から今日にいたる歴史』(1913〜1919、以下『音楽史』)における音楽の進歩のナラティヴを検討することによって、1910年代のフランスにおける音楽史叙述のあり様の一端を、詳らかにすることである。 共和派であったコンバリューは『音楽史』において、音楽が中世・ルネサンスにおける宗教からの解放とフランス革命による王政からの解放を経て、19世紀フランスという時代に到達するという進歩の流れを示した。『音楽史』で描かれる交響曲とオペラのジャンルの進歩は、いずれもフランスがその舞台として設定され、ベルリオーズが重要な位置に置かれている。それによってコンバリューは、ドイツの巨匠を含みつつ、フランスを中心に据えたヨーロッパ音楽史を創出するのである。 しかし彼は『音楽史』において、ベルリオーズよりもベートーヴェンやワーグナーにより多くの紙幅を割いている。これは、かつて熱狂的なワグネリアンであった彼個人の音楽嗜好と、第一次世界大戦中のフランスにおけるドイツ音楽受容の状況との衝突によるものであろう。ベルリオーズの音楽には、1880年代以降、ワグネリスムの侵入に対する防波堤としての役割が期待されていた。学術的な形でベルリオーズに重要な歴史的位置づけを与えるコンバリューの音楽通史は、普仏戦争後に起こったこの作曲家のカノン化を推し進めるものであったと考えられる。共和国フランスをベルリオーズに代表させ、ワーグナーに対するアンビヴァレントな評価を示す『音楽史』の進歩のナラティヴには、1870年以降にアイデンティティの政治と関連して発展したこのディシプリンの、約半世紀の歴史の反映を見ることができる。