- 著者
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塩見 浩人
田村 豊
- 出版者
- 公益社団法人 日本薬理学会
- 雑誌
- 日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
- 巻号頁・発行日
- vol.116, no.5, pp.304-312, 2000 (Released:2007-01-30)
- 参考文献数
- 25
- 被引用文献数
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冬季,環境温度の低下への適応として,一部の哺乳動物では体温を低下させ,非活動の状態で冬期を過ごす冬眠行動をとる.哺乳動物の冬眠は,気温が上昇する春季まで持続するのではなく,冬眠-覚醒のサイクルを何度も繰り返す.しかし,冬眠への導入と維持ならびに冬眠からの覚醒における生理機構はほとんど解明されていない.我々は,冬眠への移行期の体温下降ならびに冬眠状態から覚醒への移行期の体温上昇に関与する中枢機構を検討し,以下の知見を得ている. (1)非冬眠ハムスターの体温(37°C)は,アデノシンA1受容体作用薬,N6-cyclohexyladenosine(CHA) の側脳室内投与により用量依存性に下降する. (2)冬眠初期の低体温(6°C)は,アデノシンA1受容体拮抗薬,8-cyclopentyl-theophylline (CPT) の側脳室内投与により活動期正常体温へ急激に上昇する. (3)A1受容体を介するアデノシンの体温下降作用は,視床下部後野の熱産生中枢の抑制作用による. (4)深冬眠期にはCPT処置によって体温上昇が起こらないことから,アデノシンとは異なる系が熱産生中枢を抑制している可能性がある. (5)冬眠初期,深冬眠期のいずれにおいても, TRH (thyrotropin releasing hormone)の側脳室内投与は活動期正常体温へと急激に体温を上昇させる. (6)非冬眠ハムスターの体温をCHA投与により急性的に15°C以下に低下させると, CPTの拮抗作用は発現せず, TRH の体温上昇作用も現れない.これらの結果から,冬眠導入期には中枢アデノシンが,冬眠からの覚醒には,中枢TRHが重要な役割を演じていることが示唆される.また,自然冬眠時には低温時でも作動する非冬眠時とは異なる熱産生系の存在が示唆される.