著者
大上 隆史
雑誌
日本地球惑星科学連合2016年大会
巻号頁・発行日
2016-03-10

濃尾平野の西縁を画する養老山地,とくにその東斜面には起伏が大きい山地地形が発達している.これらは養老・桑名断層帯の活動に伴う山地の活発な隆起,および東流する河川網の下刻に伴って形成されたと考えられ,山地で生産された土砂が東麓に扇状地群を形成している.扇状地の形態に関して多くの研究が蓄積されており,扇面勾配が集水域面積(≒河川流量)と負の相関を持つことが広く認識されている.さらに,扇面勾配の大きさが土砂流量/河川流量と相関関係を持つことが地形実験によって示されており(Whipple et al., 1998),実際の扇状地においても扇面勾配が河川流量に加えて集水域の削剥速度にコントロールされている可能性が高い.しかし,それらの関係を具体的に検討するためには,集水域の平均削剥速度や扇状地における堆積速度を定量化する必要がある.それらの値を直接得ることは一般に難しいため,集水域における削剥速度の指標として斜面傾斜や起伏比が計測されてきた.ところが,“Threshold Hillslope(限界傾斜)”を獲得するような険しい流域では削剥速度は斜面傾斜と無関係となることが示されており(Burbank et al., 1996),起伏比は集水域面積と負の相関をもつ場合が多いため河川流量と切り分けた議論が困難である.一方で,ストリームパワー侵食モデルにもとづいて“平衡状態にある”岩盤河川の河床縦断形の解析手法が発展しつつあり,隆起速度と岩盤の抵抗性に依存する流路の「Steepness(急峻さ)」の概念が導入されている(Wobus et al., 2006).岩盤強度が一様であれば,“平衡状態にある”河川のSteepnessは隆起速度(≒侵食速度)の関数となることが期待されており,近年ではSteepnessと侵食速度の関係が実際に検討されつつある(DiBiase et al., 2010).特に限界傾斜を獲得するような山地では,Steepnessが岩盤河川の下刻速度を表し,河川の下刻速度が山地の削剥速度を規定している可能性がある.そこで,養老山地東斜面の河川群における河床縦断形から流路のSteepnessを試算するとともに,それらと扇面勾配との関係を検討した. 養老山地の東斜面を流下する河川群のうち,養老山地の中央分水嶺に谷頭を持つ25流域を研究対象とした.国土地理院が公開している5 mメッシュ数値標高データにもとづき直交座標系(UTM53N)における10 mグリッドのDEMを発生させ,これを用いて集水域解析を行った.谷頭を起点とする河床縦断形を作成し,それらをχ−標高プロット(Perron and Royden, 2013)に変換した.χ−標高プロットが直線回帰されるとき,その河床縦断形は“平衡状態にある”とみなせる.また,χ−標高プロットの勾配は「Steepness」を表す.流路距離および集水域面積を用いてχを計算するのにあたり,A0=10 km2とし,定数m/n=0.5を採用した.χ−標高プロットにもとづき,流路は大きく3つのセグメントに分けられる.最上流部におけるχ−標高プロットの勾配は比較的小さく,これらの流路の集水域は<0.1 km2程度である(最上流セグメント).集水域面積>0.1 km2程度の山地河川の流路ではχ−標高プロットの勾配は大きくなり,その勾配はほぼ一定で直線回帰される(上流セグメント).上流セグメントはχ−標高プロットで直線回帰されるため“平衡状態にある”流路とみなせる.下流部の堆積域ではχ−標高プロットの勾配は小さくなっている(下流セグメント).養老山地東斜面の山地における河川網の大部分は上流セグメントに属する.そのため,各集水域の流路のSteepnessを,本流の上流セグメントにおけるχ−標高プロットの勾配とした.本発表ではχ−標高プロットの勾配をそのままSteepnessとした. 対象河川の集水域面積は0.15−5.09 km2であり,それらの平均傾斜は36−44°,起伏比は0.09−0.45である.Steepnessは35.2−89.6×10-3の値をとる.これらの集水域の地形量のうち,起伏比は集水域面積と負の相関関係を示すが,その他は明瞭な相関関係が認められない.ただし,起伏比とSteepnessの関係に着目すると,同程度の集水域面積のクラスター毎に概ね正の相関がある.扇頂から下流に連続する直線的な河床勾配(以下では堆積勾配と呼ぶ)は0.024−0.338であり,これらはよく知られているように集水域面積と負の相関関係を示す.Steepnessと堆積勾配の関係を見ると,同程度の集水域面積のクラスター毎に正の相関関係があるとみなせる.このことは,堆積勾配が集水域面積とSteepnessによって規定されていることを意味する.また,Steepnessが流域の削剥速度を表していることを間接的に示し,養老山地東斜面における削剥プロセスは“Threshold Slope”パラダイムにもとづく侵食モデル,つまり岩盤河川の下刻速度が流域の削剥速度を律するモデルによって説明できる可能性が高いことを示唆する.すなわち,集水域における土砂生産速度と集水域面積(≒河川流量)が扇状地の扇面勾配にあらわれていると解釈できる.引用文献:Whipple et al., 1998. Journal of Geology 106. Burbank et al., 1996. Nature 379. DiBiase et al., EPSL 289. Wobus et al., 2006. GSA Spec. Pap. 398. Perron and Royden, 2013. EPSL 38.
著者
須貝 俊彦 水野 清秀 八戸 昭一 中里 裕臣 石山 達也 杉山 雄一 細矢 卓志 松島 紘子 吉田 英嗣 山口 正秋 大上 隆史
出版者
公益社団法人 東京地学協会
雑誌
地学雑誌 (ISSN:0022135X)
巻号頁・発行日
vol.116, no.3-4, pp.394-409, 2007-08-25 (Released:2009-11-12)
参考文献数
26
被引用文献数
5 9

The northern Ayasegawa fault is a part of the Fukaya fault system, which is the longest active fault in the Kanto district. The paleoseismology of the northern Ayasegawa fault was revealed by a combination of arrayed boring and ground penetrating radar (GPR) survey. The northern Ayasegawa fault produced a fold scarp with the NW-SE direction running along the boundary between the Oomiya 2 (O2) surface and fluvial lowland. The O2 was formed in Marine Isotope Stage 5a, and was slightly deformed with a wide warping zone. Sixteen sediment cores arrayed across the warping zone contain a series of tephra layers such as Hk-TP (ca. 60-65 ka), KMP, AT (26-29 ka), As-BP group (20-25 ka), and As-YP (15-16.5 ka). These key beds except Hk-TP were deposited and deformed parallel to each other, suggesting that no faulting events occurred between KMP and As-VP fall. The timing of the last faulting event is after the As-YP fall, and is probably younger than 10 ka based on an interpretation of GPR profiles and 14C ages. KMP should be deposited horizontally because it intervened in the peaty silt layer, which accumulated conformably on lacustrine deposits overlapping the fold scarp. Thus, the KMP horizon roughly indicates the vertical offset produced by the events occurred after the As YP fall. The events were probably singular, and the last one formed a vertical offset of more than 4 m. The older event occurred at around 70 ka between Hk-TP fall and O2 formation. Vertical deformation of the O2 was at least 7 m, indicating the possibility that the vertical offset caused by the penultimate event is at least 3 m. The vertical slip per event might reach 5 m, and the average vertical slip rate is nearly 0.1 mm/yr because the warping zone detected by the arrayed boring above is within the flexure zone shown by the P-wave seismic profile. The northern Ayasegawa fault is considered to be a single behavioral segment because of its longer recurrence interval and lower slip rate of 0.1 mm/yr in comparison with those of the other part of the Fukaya fault system.
著者
須貝 俊彦 鳴橋 竜太郎 大上 隆史 松島 紘子 三枝 芳江 本多 啓太 佐々木 俊法 丹羽 雄一 石原 武志 岩崎 英二郎 木本 健太郎 守屋 則孝
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2008

関東平野の綾瀬川断層、濃尾平野の養老断層を主な対象として、地形、表層地質調査を行い、とくに河川による土砂移動プロセスと活断層の活動との関係に着目して、伏在変動地形の識別と伏在活断層の活動性評価を目的として研究を進めた。その結果、綾瀬川断層では、最終氷期の海面低下期に形成された埋没段丘面群と沖積層基底礫層の堆積面(埋没谷底面)において、明瞭な断層上下変位が見出され、その平均上下変位速度は約0.5 mm/年と見積もられた。養老断層では地震動による土石流発生と沖積錐の成長が繰り返され、断層崖を埋積してきたことなどが明らかになった。同時に平野の地震性沈降が、コアのEC、粒度、全有機炭素/窒素、帯磁率等の分析によって検出可能であることが示され、そのタイミングが^<14C>年代測定値によって与えられた。