- 著者
-
大石 哲也
天野 邦彦
- 出版者
- 応用生態工学会
- 雑誌
- 応用生態工学 (ISSN:13443755)
- 巻号頁・発行日
- vol.15, no.1, pp.19-29, 2012 (Released:2012-09-08)
- 参考文献数
- 14
従来,環境情報の取得と記録は,定性的情報が多用されていた.その一方で近年,電子技術が急速に進歩し,小型で大容量・高処理能力を備えた計測機器やパーソナル・コンピュータが普及してきた.これにより,環境情報の取得方法についてもデジタル化が進み,より定量的な環境情報の取得が可能となりつつある.本論文では,位置情報の精度が異なる地形や生物などのデータを用いて,河川域の生物生息環境を把握する方法について検討を行った.具体的には,利根川河口域 (10.0~15.5 kp)を対象に,GIS により過去から現在に至るデータを一元化し,水環境がヒヌマイトトンボ (Mortonagrion hirosei Asahina) 幼虫や植物群落に与える影響の解明を行った.結果として,幼虫が生息する環境は,年間の累積浸水時間が 1~500 (時/年),浸水確率にして約 1~9 %,標高がT. P. 0.2~0.6 m の範囲に多く分布していることがわかった.浸水継続条件では,1~3 (時/年) 継続する場所までは,幼虫の確認地点数の多いものの,7 (時/年) 以上となる場所では,その数が激減することがわかった.さらに,幼虫とヨシ群落との関係についても,幼虫の生態的適域は,ヨシ群落のそれに一致しないことがわかった.このことは,ヒヌマイトトンボ幼虫の生息場所を確保するには,その場所のみを残せばよいというわけでないことを示唆している.つまり,幼虫の生息場所の維持には,ヨシ地下茎の伸展が期待できる成長旺盛な陸域のヨシ群落をひとまとまりの環境として残すことが重要となる.本論文で示したように,過去に取得されたデータを活用する際には,解析対象が規定するスケールでの必要な精度を満たせれば,GIS による定量的解析に十分用いることができる.このような視点で見れば,過去の生物調査データは,適切に利用することで,計画段階で河川改修が河川生態系へ及ぼす影響を適切に予測し,配慮できるうえに,改修後のモニタリングにも活かせるものと考えられる.