著者
中島 淳 宮脇 崇
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.79-94, 2021-07-28 (Released:2021-10-01)
参考文献数
58

1.休耕田を掘削した湿地ビオトープ(手光ビオトープ)における3 年間の調査において,18 目 93 種の水生動物,4 種の沈水植物を確認した.このうち環境省あるいは福岡県レッドデータブック掲載種は 24 種であり,本ビオトープが生物多様性や希少種の保全に効果があったことがわかった.2.水生昆虫の種数は夏季(8 月)を中心とした時期に増加,冬季(2 月)を中心とした時期に減少し,顕著な季節性があることがわかった.このことから,止水性昆虫相の調査は夏季に行うことが適していると考えられた.3.水生昆虫の種数及び多様度指数(Hʼ)は顕著な移行帯(エコトーン)をもつ地点が大きかったが,一方で流水環境に特異な種も確認されたことから,生物多様性保全を目的とした場合には浅所から深所まで連続的に変化する移行帯を伴う環境構造とともに,止水から流水にかけての多様な流速環境をデザインすることが重要であると考えられた.4.本ビオトープで確認された水生昆虫類は,ほぼ全種が近隣の 2 km 以内のため池に生息する種であったが,その一方でそれらのため池に生息しながらビオトープで確認されない種もあった.このことから,本ビオトープの水生昆虫相は,周囲の水生昆虫相とビオトープの環境構造の 2 点から決定したものと考えられた.5.本ビオトープの水生生物相は侵略性のある外来種であるアメリカザリガニとスクミリンゴガイによる悪影響を受けていたものと考えられた.
著者
中村 和久 河内 香織
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
pp.21-00001, (Released:2021-07-10)
参考文献数
27

日本において里地里山は独特の二次的自然環境を形成することにより,固有種や希少種を含んだ多くの生物の生息地となり,生物多様性に大きく貢献してきた.しかしながら近年はその里地里山環境が減少および劣化し,その中でも重要な構成要素の一つであるため池は防災対策の影響もあり著しく減少しており,その保全には限界があるのが現状である.そこで本研究では,ため池の保全だけに頼るのではなく,ため池の代替となる水環境の模索も必要と考えてゴルフ場の池に注目した.そして,近畿圏の 6 つのゴルフ場の調整池を対象として,水生植物の種類と種数を調査した.また,池の構造や周囲の環境,管理方法によって出現した水生植物種数の説明を試みた.ヒアリングの結果から,人為的な動植物の持ち込みは確認されなかった.調整池で観察された水生植物の種数は平均 2.5 種であり,先行研究においてため池で観察された種数(2.35 種)に劣らなかった.水深が浅いほど抽水植物の出現種数は多かった.これは抽水植物の出現に適した水深が保たれているためであると考えられた.DO が低いほど抽水植物の出現種数は多かったことに関しては,植物プランクトンの過剰繁殖との関係が考えられた.ゴルフ場の調整池で水生植物が生育できた要因として,一般のため池では管理放棄による遷移で消滅しやすい浅くて小さな池が存続していたこと,アメリカザリガニが侵入していなかったことが考えられる.特に抽水植物については適切な浅場と基質が存在したことが好ましい条件であったと推察された.今後は,里地里山の代替地としての可能性を高められるようなゴルフ場の管理を進めていくことが必要だと考える.
著者
高橋 勇夫 間野 静雄
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
pp.21-00030, (Released:2022-07-21)
参考文献数
37
被引用文献数
1

天然アユの流程分布,とくに遡上上限がどのように決まるのかを明らかにするために,アユの遡上を阻害するような構造物が無く,かつ,種苗放流を 2013 年から停止した北海道朱太川において,2013 年~2021 年の 7 月下旬~ 8 月上旬に 12 定点で潜水目視による生息密度調査を行った.また,2014 年には下流,中流,上流の 3 区間からアユを採集し,52 個体の Sr/Ca 比から河川への加入時期を推定したうえで,加入時期と定着した位置の関係についても検討した.アユの推定生息個体数は 4.6~132 万尾と 9 年間で 30 倍近い差があった.各年の平均密度は 0.09 尾 /m2 ~2.61 尾 /m2 で,9 年間の平均値は 0.82 尾 /m2 であった.アユの生息範囲の上限は河口から 21~37 km の間で,また,生息密度 0.3 尾 /m2(全個体が十分に摂餌できる密度)の上限は 4 ~37 km の間で変動した.河口から生息範囲の上限までの距離および 0.3 尾 /m2 の上限までの距離ともにその年の生息数に応じて上下した.流程分布の変動は,密度を調整することにより種内競合を緩和することに寄与していると考えられた.耳石の Sr/Ca 比から河川へ加入してからの期間を推定したところ,早期に河川に加入したアユは上流に多いものの,下流部に定着した個体もいた.一方,後期に加入した個体は下流に多いものの,上流まで遡上した個体も認められた.これらのことは,早期に河川に加入した個体が後期に加入した個体に押し出されるように単純に上流へと移動しているのではないことを示唆する.さらに,推定生息数が最も少なかった 2018 年の分布上限は平年よりも 10~15 km も下流側にあった.これらより,遡上中のアユは充分な摂餌条件が整えば,移動にかかるコストを最小限に抑える行動を取っていると推察される.
著者
森 照貴 川口 究 早坂 裕幸 樋村 正雄 中島 淳 中村 圭吾 萱場 祐一
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
pp.21-00020, (Released:2022-03-17)
参考文献数
63
被引用文献数
2

生物多様性の現状把握と保全への取組みに対する社会的要求が高まる一方,河川を含む淡水域の生物多様性は急激に減少している可能性がある.生態系の復元や修復を実施する際,目標を設定することの重要性が指摘されており,過去の生息範囲や分布情報をもとにすることは有効な方法の一つである.そこで,本研究では 1978 年に実施された自然環境保全基礎調査(緑の国勢調査)と 1990 年から継続されている河川水辺の国勢調査を整理し,1978 年の時点では記録があるにも関わらず,1990 年以降,一度も採取されていない淡水魚類を「失われた種リスト」として特定することを目的とした.109 ある一級水系のうち,102 の水系で二つの調査結果を比較することができ,緑の国勢調査で記録されている一方,河川水辺の国勢調査での採取されていない在来魚は,全国のデータをまとめるとヒナモロコとムサシトミヨの2種であった.比較を行った 102 水系のうち,39 の水系では緑の国勢調査で記載があった全ての在来種が河川水辺の国勢調査で採取されていた.一方,63 の水系については,1 から 10 の種・種群が採取されていないことが明らかとなった.リストに挙がった種は水系によって様々であったが,環境省のレッドリストに掲載されていない種も多く,純淡水魚だけでなく回遊魚や周縁性淡水魚も多くみられた.水系単位での局所絶滅に至る前に「失われた種リスト」の魚種を発見し保全策を講じる必要があるだろう.そして,河川生態系の復元や修復を実施する際には,これら魚種の生息環境や生活史に関する情報をもとにすることで,明確な目標を立てることが可能であろう.
著者
渡部 恵司 中島 直久 小出水 規行
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.95-110, 2021-07-28 (Released:2021-10-01)
参考文献数
173
被引用文献数
1 1

現在,水田の圃場整備は環境との調和に配慮しながら行われており,カエル類は整備の際に保全対象種に選定されることが多い.本論文では,カエル類の生息場の効果的な保全に資するため,農村地域でみられるカエル類の生態等の特徴,圃場整備による影響および生息場の保全策の知見を整理し,今後の課題について論じた.第一に,農村地域に生息する在来 13 種・亜種について,繁殖場-生息場間の移動や吸盤の有無等の特徴を整理した.第二に,圃場整備後にカエル類が減少する理由について,(1)表土を剥ぎ取ったり,事業前にあった土水路を埋めたりすることにより個体が死亡すること,(2)コンクリート水路への転落により個体が生息場間を移動できないこと,(3)区画整理や畦畔のコンクリート化により畦畔の面積が減少,畦畔の質が変化すること,(4)乾田化によりアカガエル類・ヒキガエル類の繁殖場やツチガエル幼生の越冬場が消失することを解説した.第三に,水田周辺におけるカエル類の生息場の保全策として,(1)工事前に個体を保護し,整備済みの水田や事業地区外に移動する,あるいは繁殖個体を再導入すること,(2)コンクリート水路に個体が転落しないように蓋を設置する,あるいは転落個体が脱出できるように脱出工を設置すること,(3)環境保全型水路やビオトープ等の設置により生息場・繁殖場を創出すること,(4)整備後の水田において有機栽培・減農薬栽培や中干の延期・中止,冬期湛水等を行うこと,(5)外来生物対策について解説した.今後の課題として,これからの農村では,担い手への農地集積や水田の更なる大区画化,スマート農業技術の導入等が進むと予想され,このような農村の変化によるカエル類の生息場への影響評価,および負の影響への対策の検討が必要である.
著者
中島 淳 江口 勝久 乾 隆帝 西田 高志 中谷 祐也 鬼倉 徳雄 及川 信
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.183-193, 2008 (Released:2009-03-13)
参考文献数
25
被引用文献数
6 3

宮崎県延岡市の五ヶ瀬川水系北川の河川感潮域に人工的に造成されたワンドにおいて,2001年から2006年にかけて,生物の定着状況について調査を行った.人工ワンドは,従来あった天然の既存ワンドが河川改修により失われるため,その代替環境として,その上流の河川敷を,間口50m,奥行き400mにわたって新たに掘削して造成されたものである.1.調査の結果,72種の魚類,12種のカニ類,7種の甲虫類が採集され,合計91種の生物の生息場所として機能していることが明らかとなった.2.ワンドの底層は年を追う毎に起伏が生じ,平坦に造成された底層は5年後には浅い場所と深い場所で約100cmもの差が生じていた.塩分躍層は,満潮時,干潮時ともに水面下1mより深い水深で生じていた.3.ワンドの奥部には泥干潟やコアマモ域が自然に生じ,それらの環境を好む魚類,カニ類,甲虫類が定着した.4.従来あった天然の旧ワンドと人工ワンドにおいて,夏季に出現した魚類種数に大きな違いはなく,人工ワンドが旧ワンドの代替環境として十分に機能しているものと考えられた.5.感潮域において生物多様性保全を目的とした人工ワンドを今後造成する際には,安定した塩分躍層が出来るように,干潮時でも1m以上の水深を確保する構造にすること,水際域や干潟が自然に出来るように,造成時に緩傾斜区間を多く配置すること,また,ヨシ植生域をなるべく残すこと,など多様な環境構造を創出することを意識して設計することが特に重要と考えられた.
著者
片山 直樹 熊田 那央 田和 康太
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.127-138, 2021-07-28 (Released:2021-10-01)
参考文献数
107
被引用文献数
1

鳥類の生息地としての水田生態系の機能を明らかにするため,国内を中心に既往研究を整理した.その結果,水田は年間を通じ,多くの鳥類に採食場所を提供していることが示された.水田だけで生活史を完結させる種は少なく,草地や森林等の生息地の異質性が鳥類の種多様性を支えていた.しかし,戦後の農業の集約化は,水田の生息地としての質を低下させ,鳥類の生息・分布にも深刻な影響をもたらした.1970 年代以降の休耕・耕作放棄に伴う植生遷移は,鳥類の群集組成を大きく変化させた.水田性鳥類を保全するためには,有機栽培,冬期湛水,江や魚道の設置等の様々な環境保全型農業が有効であることが示唆された.これらの知見は,応用生態工学会の関係者が今後,水田生態系の保全を計画・実行する際に活用可能である.
著者
乾 隆帝 西田 高志 鬼倉 徳雄
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.1-17, 2012 (Released:2012-09-08)
参考文献数
32
被引用文献数
2 2

本研究では,福岡県日本海側の漁港の船揚場スロープ(以下,漁港スロープ)と,周辺水域の様々なタイプの自然海岸の魚類群集構造を比較することにより,漁港スロープにおける魚類の出現特性を明らかにすることを試みた.漁港スロープでは,70種,合計8875個体の魚類が採集された.漁港スロープ未成魚群集は,静穏で内湾的な地点と類似し,種数,個体数ともに豊富であった.一方成魚の群集構造は,砂浜海岸の一部と漁港によって構成されるグループと類似し,種数,個体数ともに豊富な,静穏な内湾や汽水域の中で,特に緩い潮間帯傾斜を持つ地点とは類似していなかった.これらのことから,漁港スロープは,未成魚の生息場として,一部の内湾的な自然海岸と同等の機能を持つ可能性がある一方,成魚生息場としては不十分な環境であるということが示唆された.
著者
田和 康太 佐川 志朗
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
pp.21-00019, (Released:2022-03-23)
参考文献数
80
被引用文献数
2

本研究では,豊岡市内の休耕田を周年湛水した水田ビオトープにおいて健全な湿地環境の指標分類群となるトンボ目幼虫,水生コウチュウ目,水生カメムシ目およびカエル類を対象とした生息状況調査を実施した.まず,経年的なモニタリング調査により,各水生動物の生活史において水田ビオトープが季節的にどのように寄与しているか明らかにすることを目指した.また,これらの水生動物の季節消長を周辺の水田およびマルチトープ(承水路)と比較することにより,水田ビオトープにおける水生動物群集の特徴を整理した.水田ビオトープには,ため池に生息するトンボ目や年多化性のトンボ目,コミズムシ属,早春期に繁殖するニホンアカガエル等の繁殖場所となることが示唆された.また,水生コウチュウ目成虫の個体数が 8 月以降に急増し,さらに深場では,ミズカマキリやハイイロゲンゴロウの個体数が秋期に急増した.このことから,水田ビオトープは多種の水生昆虫にとって,周辺水田の落水時避難場所や非繁殖期の生息場所,越冬場所となることが示唆された.その一方で多種の水生コウチュウ目やアカネ属,ニホンアマガエル,ヌマガエルは水田ビオトープよりも一時的水域である調査区の水田やマルチトープを主な繁殖場所とすると推察された.このことから,各水生動物の種ごとあるいは目的や季節ごとに選好する水域が変化することを踏まえ,周年湛水域である水田ビオトープだけでなく一時的水域である水田やマルチトープといった様々なタイプの水域が組み合わせて水生動物群集の多様性を保全すべきと考えられた.また,水田ビオトープの深場がウシガエルの繁殖場所となっている負の効果もみとめられ,外来種の繁殖抑制等,水田ビオトープの適切な管理を行いながら水生動物群集の保全効果を高めていく必要があると推察された.
著者
田原 大輔 青木 治男 中村 圭吾
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.1-17, 2019-07-28 (Released:2019-09-10)
参考文献数
42
被引用文献数
1

本研究はこれまでに 4 回実施された九頭竜川のカマキリ(アユカケ)(地方名:アラレガコ)の調査データを整理し,本種の保全および再生の方策をまとめた.アラレガコ成魚は 12 月下旬から 3 月(産卵盛期は 1 月中旬から 3 月中旬)に河口内の水深 3 m 程の海水層または沿岸浅海域で確認された.仔稚魚は 2 ~ 4 月まで河口に隣接する砂浜海岸および河口内浅場で採集された.アラレガコ当歳魚は 4 ~ 8 月まで河川水際の浅場を成長しながら遡上していた.九頭竜川における現在の残された生息場は,河口から 23.0 ~ 29.4 km の中流域であった.国天然記念物である"九頭竜川のアラレガコ生息地"は,かつての生息範囲と比べて 1990 年代以降に約 1/3 に縮小化していた.アラレガコの主要な生息場および越冬場は,ともに早瀬および平瀬等の浮き石環境であった. 1990 年以降は全長 250 mm 以上の大型個体がアラレガコ伝統漁法でほとんど漁獲されていないことから,アラレガコの小型化が懸念された.本研究では 2 つの重要なアラレガコ保全策を提案する.一つ目は沿岸浅海域の環境および河川の浮き石環境を維持・創出していくこと,二つ目は鳴鹿大堰上流のかつての生息域には遺伝的多様性を有した稚魚を再導入することである.
著者
長谷川 啓一 上野 裕介 大城 温 神田 真由美 井上 隆司 西廣 淳
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.79-90, 2016-07-28 (Released:2016-09-05)
参考文献数
33
被引用文献数
9 3

本研究では,移植による保全の難易度が高いと考えられる種(移植困難種)について,全国 179 の道路事業の移植事例の整理・分析を通じて,移植困難種の保全に関する現状と,移植後のモニタリング結果から生活型別の活着状況を整理した.また,工夫をこらした効果的な移植方法や移植後のモニタリング手法を抽出し,整理した.その結果,移植対象となっていた移植困難種は,8 科 26 種であり,樹幹に着生している種が 4 種,岩場に着生している種が 6 種,混合栄養植物が 9 種,菌従属栄養植物が 7 種であった.移植後の活着状況は,岩場に着生している種はいずれも良好であったが,樹幹に着生している植物と混合栄養植物では,活着率がほぼ 100%を維持している種と,ほとんど確認されなくなる種に 2 分される傾向が見られた.菌従属栄養植物では,地上部が発生しない年があるために正確な生存率を評価することができなかったが,1 ~ 2 割の事例で移植後に地上部の花茎が確認された.移植後の活着率を高める工夫として,樹幹に着生している種では,移植個体が着生していた元の樹皮や枝ごと移植する手法が,岩場に着生している種では,ヘゴ棒を基盤とすることで着生を促し,植生ネットを用いて脱落を防ぐ手法がとられていた.菌根菌との共生関係にある混合栄養植物や菌従属栄養植物では,土壌ごと移植する手法やコナラ等の樹木の根元へ移植する手法などがとられていた.今後は,移植困難種の株移植についての知見蓄積・技術向上とともに,株移植に依らない種子などの散布体を用いた保全・移植技術や,持続的な地域個体群の保全手法の研究・確立が重要と考えられた.
著者
瀬口 雄一 鶴谷 未知 梶 圭佑 日下 慎二 弓場 茂和
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.267-278, 2022 (Released:2022-04-20)
参考文献数
21

オオバナミズキンバイは,我が国における侵略的外来水生植物であり,特定外来生物に指定されている.近年,全国各地で除去作業が行われているが,根絶には至っていない.淀川下流域でも 2017 年以降,国土交通省淀川河川事務所によって毎年除去が実施されているが,根絶には至っていない.本種が根絶できない要因は,除去時に取り残しがあることと,取り残された個体の再生速度が除去作業量を上回るためと考えられる.そこで,本研究は本種の効率的な除去を目的に,覆土による生長抑制や植物体を腐敗・枯死させることや,本種が被陰に弱いという特性を利用した淀川式除去手法を開発・試行した. 本手法の特徴は継続的で段階的な除去を行いながら除去した植物体を腐敗・枯死させることにより,従来の除去作業で課題となっていた「除去した植物体の回収・揚陸作業」と「除去した植物体の処理」を行わずに除去の作業性を上げた点である.また,本手法は従来の除去作業では取り残されていた個体を精度良く除去することができるため,再繁茂しにくく,結果的には効率的な除去ができた.ただし,除去効果の持続性や適用条件の検証については,今後も継続してモニタリングする必要がある.なお,本手法により水質に顕著な悪影響は確認されなかった. 本手法は従来の除去手法で課題であった効率性や再繁茂抑制効果を改善した手法であることから,今後の市民参加による管理活動が容易になる可能性がある.淀川河川事務所では,住民等と行政の橋渡し役である河川レンジャー活動を通じて,市民による除去体制を構築すべく,取り組みを進めている.今後は,他河川等において本手法の適用事例を増やし,様々な状況やナガエツルノゲイトウ等の他の外来種への適用を検討することが望まれる.
著者
泉 北斗 根岸 淳二郎 三浦 一輝 伊藤 大雪 PONGSIVAPAI Pongpet
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.1-20, 2020-09-28 (Released:2020-11-30)
参考文献数
56
被引用文献数
1 2

本研究は,自然再生計画の具体化に向けて生態系保全のための情報蓄積が急務である石狩川の氾濫原水域を対象に,イシガイ目二枚貝の生息の現状と水域管理上の課題を明らかにすることを目的とした.複数種の現状について,生息水域タイプの選好性,繁殖時期の特定とともに採取個体数に対する妊卵の割合,近年の新規加入(再生産)の程度,そして再生産に重要である魚類への寄生状況の 4 項目を調べた.30 水域を人工短絡湖沼,自然短絡湖沼,後背湿地の 3 タイプに分類した.そのうち 27 水域においてベルトトランセクト法および方形区法を用いてヌマガイ,イシガイ,フネドブガイの生息数を推定した.また,12 水域を対象に,採取した個体の外鰓の観察により成熟・妊卵状況を確認した.さらに,自然短絡湖沼 4 水域で,採取した魚類から切除した鰭と鰓の観察により,グロキディウム幼生の寄生数を計数した.フネドブガイの採取個体数が最も多く,その他 2 種が少なかった後背湿地で CPUE の値が高かった.フネドブガイでは,未成熟個体の占める推定割合は低く,多くの水域で全体個体数の 3%程度以下であった.他 2 種も 1-2 水域以外では未成熟個体が確認されなかった.ヌマガイとイシガイは 7 月と 8 月に 15 .52%の個体で妊卵し,フネドブガイは 9 月から 11 月にかけて 3 .43%の個体が妊卵していた.魚類相は水域間でその構成に大きな差は見られなかったが,タイリクバラタナゴが各水域の魚類総個体数の 26 .0%から 70 .2%を占め共通して優占した.一方で,イシガイ類の幼生に寄生された個体は見つからなかった. 管理上の方策として成立要因・物理水文特性に基づく水域タイプを認識し,タイプの多様性を維持するように水域を管理していくことがイシガイ目の保全に重要であることが示唆された.また,イシガイ目の個体群の再生産が 2 年程度は停滞しており,その原因として水質の劣化と外来種が優占する魚類相が考えられた.したがって,管理上の課題として長期的な観点からイシガイ目の健全な個体群の維持に有効な対策を検討することが必要である.
著者
北村 立実 松崎 慎一郎 西 浩司 松本 俊一 久保 雄広 山野 博哉 幸福 智 菊地 心 吉村 奈緒子 福島 武彦
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.217-234, 2020-09-28 (Released:2020-11-30)
参考文献数
68

多くの人々が霞ヶ浦から多様な恩恵(生態系サービス)を受けていることから,今後も持続的に利用していくために,その内容や享受量の変遷を把握するとともに,生態系サービスの価値を経済的に可視化することで,政策の意思決定や行動に反映させるなどの適切な湖沼・流域管理に結びつける必要がある.そこで,本研究では霞ヶ浦の生態系サービスの項目を整理し,享受量の変遷を把握することで特徴を明らかにするとともに,代替法を用いて生態系サービスの経済評価を試みた.その結果,生態系サービスを供給サービス,調整サービス,文化的サービス,基盤サービスの 4 つに大別し,生態系サービスのフローの構成として,自然資本,人工資本,人的資本の 3 種の資本を介して得られていると定義した.また,生態系サービスの享受量の推移の特徴として,取水や洪水調節などの人間活動を豊かにする項目は増加したものの,魚種や植物などの生物多様性や人々が霞ヶ浦と触れ合うような項目が減少したことが明らかとなった.さらに,2016 年の霞ヶ浦の生態系サービスの経済的な価値として1,217.3 億円/ 年と見積もられ,供給サービスや調整サービスで高い傾向にあり,文化的サービスや基盤サービスは貨幣換算できない項目が多かった.一方,経済的な価値を算出する上でいくつか課題も明らかとなったことから,今後はこれらの課題解決に向けた研究も必要である.
著者
園田 陽一 倉本 宣
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.41-49, 2008 (Released:2008-09-10)
参考文献数
34
被引用文献数
13 9

本研究では,森林の孤立化が非飛翔性哺乳類の種組成に与える影響について明らかにすることを目的とした.調査対象地を,森林の孤立化の程度により,3つの孤立傾度(山地林,連続林,孤立林)に分類し,各孤立傾度あたり3ヶ所の調査地を選定した.2005年と2006年の4∼10月にかけて獣道に自動撮影カメラを設置し,非飛翔性哺乳類の種組成および存在量を分析した.各調査地における種の出現の有無をnMDSおよびクラスター分析により分析したところ,生息地利用タイプは(1)山地林に高い頻度で出現する山地性種,(2)山地林および連続林に出現する丘陵地性種,(3)山地林,連続林,孤立林のいずれにも出現する広域性種,(4)山地林および連続林に局所的に出現する局所性種の4タイプに分類された.また,孤立傾度が高まるにつれて種の豊富さは減少した.そのため,山地林や連続林は種の供給源として機能し,孤立林はジェネラリストの重要な生息地として機能する.生態的ネットワーク計画において,山地林や連続林はコアエリアとして作用し,孤立林はジェネラリスト的な哺乳類の拠点地区として作用すると考えられる.
著者
阿部 司
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.243-248, 2012 (Released:2013-04-24)
参考文献数
28
被引用文献数
2 2

Japanese kissing loach Parabotia curta (Cypriniformes, Botiidae) is one of the most endangered freshwater fishes in Japan. This species inhabits in a narrow region of western Honshu Island. The loach inhabits rivers and irrigation channels with gravel substrates hiding in crevices or holes, and spawns for a few days in the early rainy season at temporarily submerged, flooded grounds, which were originally very common lowland environments in monsoon Asia. However, recent artificial environmental changes, especially river improvements and farm land consolidation, have destroyed such environments and resulted in many local population extinction. Volunteers and Japanese/local governments are performing restoration and maintenance of artificial floodplains for the spawning as well as surveillance of poaching, but this loach is still critically endangered with some serious problems. In the agricultural area which has many restrictions, conservation techniques cannot be fully put to practical use. Although the technique of the ecology and civil engineering is effective for the restoration of floodplain environment and improvement of habitat, the sociological approach is crucial to utilize the technique in the local community.
著者
藤本 泰文 久保田 龍二 進東 健太郎 高橋 清孝
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.213-219, 2012 (Released:2013-04-24)
参考文献数
27
被引用文献数
7 3

オオクチバスとブルーギルは,日本各地に移殖された外来魚で,ため池はその主要な生息場所となっている.本研究では,オオクチバスおよびブルーギルのため池からの用排水路を通じた移出状況を調査した.私たちは宮城県北部に位置する照越ため池の用水路と排水路に,ため池から流出した魚類を捕獲するトラップを設置した.4 月下旬から 7 月下旬の調査期間中,これらの外来魚は用水路と排水路の両方から何回も流出しており,その流出のタイミングは,それぞれの水路の通水期間に限られていた.体長 125 mm の成魚のブルーギルも流出していた.ため池の魚類生息数を池干しによって調査した結果,ため池に生息する外来魚のうち,オオクチバスは 4. 0%,ブルーギルは 7. 1%が流出していたことが示された.外来魚の流出は繰り返し生じ,生息個体数の数%が流出していたことから,外来魚の流出は稀な現象ではなく一般的な現象である可能性が高い.この結果は,ため池が下流域への外来魚供給源となっていることを示す.周辺地域への被害拡大を防ぐためにも,ため池の外来魚の駆除は重要だと言える.
著者
田和 康太 細浦 大志 露木 颯 長谷川 雅美 佐久間 元成 遠藤 立 安東 正行 松本 充弘 黒沼 尚史 中村 圭吾 佐川 志朗
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
pp.21-00033, (Released:2022-07-21)
参考文献数
60
被引用文献数
1

コウノトリの採餌環境として着目されている田中調節池において,魚類を対象とした生息状況調査を 2018 年および 2019 年に実施した.また,台風 19 号通過に伴う洪水前後での魚類の分布状況を比較することで,平水時の田中調節池における魚類の生息地としての問題点および今後の配慮方針について検討した.平水時の農閑期(2018 年 12 月)では,支線排水路における魚類の分類群数および個体数は少なく,魚類の全く採集されない調査区も存在した.また,同時期に幹線排水路で確認された魚類が末端排水路ではほとんど記録されなかった.洪水後の農閑期(2019 年 11 月~12 月)には,支線排水路において魚類の分類群数,個体数ともに洪水前に比べて顕著に増加し,洪水前にはみられなかったタモロコやメダカ属等が採集された.また,洪水前には乾燥していた支線排水路も洪水後には湛水され,ドジョウ等の魚類が採集された.洪水後の各支線排水路におけるドジョウの個体数や魚類全体の個体数および分類群数には泥深が正の効果を示し,底泥の柔らかい水路環境が魚類の越冬環境として好適と考えられた.2019 年の農繁期における水田調査では,カラドジョウの繁殖のみが田面で確認された.以上より,洪水によって利根川本川から幹線排水路,支線排水路まで水域が連続し,魚類の分布域が拡大することが示唆された.その一方で,平水時の支線排水路までの連続性は低く,農繁期に多種の魚類が田面まで遡上できないこと,農閑期には支線排水路で魚類が十分に越冬できないことが明らかになった.平水時の田中調節池における魚類の繁殖場所・越冬場所としての機能を高めるためには,特に幹線排水路と支線排水路,そして支線排水路と田面との落差を解消させること,さらに底泥の柔らかい水路区間を積極的に保全し,河道内のワンド等とも連続させることで魚類の越冬場所を確保することが重要と考えられた.その一方で,こうした取り組みによって外来種の分布域を拡大させる可能性があることにも留意し,健全な水域の連続性の確保を目指す必要があるだろう.