著者
木下 利喜生 上西 啓裕 小池 有美 三宅 隆広 山本 義男 田島 文博 佐々木 緑 幸田 剣 古澤 一成 安岡 良訓
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.33 Suppl. No.2 (第41回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.A0594, 2006 (Released:2006-04-29)

【はじめに】近年の研究により運動がプロスタグランジンE2(以下PGE2)やサイトカインに影響を及ぼす事がわかっている。しかし、それらの多くが下肢運動でのデータである。我々の知り得た範囲では、下肢運動と同じ強度の上肢運動を行い、それらの変化を比較検討した研究はない。今回はpreliminary studyとして健常者1名を対象とし、上肢および下肢を用いた高強度の運動を行い、PGE2とサイトカインの中でもインターロイキン6(以下IL-6)に及ぼす影響を比較した。【対象と方法】被験者は医学的に問題のない健常女性1名。実験開始24時間は積極的な運動は中止とし、下肢運動は自転車エルゴメーター、上肢運動はハンドエルゴメーターにて行った。血液は運動前(30分の安静後)、運動終了直後、60分後、120分後に採取し、PGE2、IL-6の測定を行なった。運動負荷は上下肢ともにエルゴメーターを用いて呼気ガス分析にて最大酸素摂取量とその際のHRpeak、Load(Watt)の測定を行った。その値をもとにウォーミングアップをその25%のWatt数で4分間行い、その後80%のWatt数にて50RPMで30分間の運動を行った。またこの際にHRpeak80%を上限に運動の負荷調整を行った。呼気ガス分析にはMINATO社 AEROMONITOR 300Sを使用した。【結果】PGE2は下肢では運動直後は上昇しており、60分後、120分後と徐々に低下し運動開始前程度まで低下した。上肢では運動直後に軽度の上昇がみられ、60分後は運動開始前の値よりも低下し、120分後は上昇するものの運動開始前よりも低値であった。IL-6は下肢では運動直後は上昇しており、60分後は運動直後の値を維持、120分後では軽度の低下を示した。上肢では運動直後に軽度上昇し、60分後は運動開始前まで低下し、120分後では更に低下した。【考察・まとめ】PGE2は下肢運動により上昇し、過去の報告と同様であった。上肢運動によるPGE2上昇は下肢運動時よりも低い印象であった。IL-6も両者の運動において上昇したものの、上肢運動による変化は下肢運動より減弱している印象をうけた。これらの違いについて、特にIL-6は、運動初期から運動による筋傷害とは無関係に収縮筋細胞自体から大量に分泌されることがいわれており、上肢と下肢では、同じ運動強度、同じ時間で運動を行っても、動員筋の量の差でその変化に差が生じたものと推測された。
著者
安岡 良訓 梅本 安則 児嶋 大介 木下 利喜生 星合 敬介 大古 拓史 坪井 宏幸 谷名 英章 橋崎 孝賢 森木 貴司
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Aa0126, 2012

【はじめに】 運動負荷が糖代謝,脂質代謝へ影響を与える機序として,骨格筋の収縮により産生されるインターロイキン-6(IL-6)が重要な役割を果たしていると報告されている.IL-6はこれまで炎症性サイトカインとして知られていたが,運動によるIL-6上昇は,TNF-αなどの炎症性サイトカインの上昇なしに,IL-1raやIL-10等の抗炎症サイトカインの上昇を導くことが報告されている. これまで,健常者ではランニング,自転車エルゴメーターや膝伸展運動で血中IL-6濃度が上昇したと報告され,IL-6の骨格筋からの分泌には,ある程度の運動時間と強度が必要とされている. 運動を連続して行うためにはスポーツへの関与が望ましく,その中でもゴルフは長時間の運動が可能であり,歩行を中心とした中等度の活動量が得られることが報告されている.この事からゴルフによる運動でIL-6上昇が予測されるが,これまでゴルフラウンドによるIL-6動態に関する報告はない.そこで我々は,18ホールのゴルフラウンドが血中IL-6濃度に変化を与えるがどうかを検証する目的で実験を行った.【方法】 被検者は健常者9名(平均年齢31.1±4歳,平均±SD)とし,除外基準は糖尿病の既往,心疾患,進行性の疾患,骨関節疾患を有する者とした.被検者は実験室に到着した後,心拍数をモニターする為の無線測定器を装着し,30分の安静座位をとった.その後,血中IL-6濃度,血中TNF-α濃度,hsCRP,ミオグロビン,CK,アドレナリン,白血球分画,HCTを測定するため採血を行った.採血後,被検者はこちらで用意した朝食を摂取した. その後,被検者は18ホールのゴルフラウンドを行った.ラウンド中,被検者は歩いて移動し,ゴルフバック,クラブ等は電動カートを使用し搬送した.ラウンド中の飲食はこちらで用意したスポーツドリンクのみとした.ラウンド終了後,直ちに採血を行った.その後,安静座位をとり,1時間後に再び採血を行い実験を終了した.統計学的検討には,ANOVAを行い,post hocテストとしてSheffe's testを用い,有意水準5%未満を有意差ありとした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は倫理委員会の承認を得た上で行った.被験者には実験の目的,方法および危険性を書面と口頭で十分に説明し,実験参加の同意を得て実験を行った.【結果】 全被検者は18ホールのゴルフラウンドを終了し,所要時間は303±4.3分であった.ラウンド中の平均心拍数は安静時と比較して有意な上昇を認め,回復1時間後で安静レベルへ戻った.血中IL-6濃度は安静時と比較し,ラウンド終了後で有意に上昇し,回復1時間後でもその上昇は維持した.ミオグロビン,CK濃度もラウンド終了後に有意な上昇を認め,回復1時間後で上昇を維持した.血中TNF-α濃度,hsCRP濃度に変化はなかった.白血球,単球数はラウンド終了後に有意な上昇を認め,ラウンド1時間後もその上昇は維持された.アドレナリンは実験を通して変化はなかった.HCTはラウンド終了後に変化はなく,回復1時間後で低下した.【考察】 IL-6濃度が上昇した要因に関して,本実験ではミオグロビン,CK濃度に上昇が認められるものの,TNF-α,CRP濃度に変化を認めなかった.この事から炎症性カスケードによるIL-6上昇の可能性は低いと考えられる.またアドレナリン濃度が変化しなかった事から,骨格筋のアドレナリン刺激によるIL-6mRNA転写促進の可能性も低いと考えられた.さらに,単球数の上昇を認めているが,先行研究において運動による末梢血単球数の上昇はIL-6濃度に関与しないことが報告されており,IL-6濃度の上昇が単球由来である可能性も否定的である.よって,本実験のIL-6濃度の上昇は,骨格筋の収縮によって誘発されるといった過去の報告を支持する. 筋収縮に由来する血中IL-6濃度の上昇は,運動強度と時間,活動筋肉量に関連があると言われている.ゴルフは18ホールのラウンドで約7km歩き,その歩数は10,000歩以上になると報告されている.我々の知る限り,歩行を運動方法としたIL-6濃度の上昇は,運動後変化しないか上昇しても約1.5倍程度である.今回,ラウンド終了後の血中IL-6濃度は安静時の約7倍の濃度を認めた.これは18ホールのゴルフラウンドが,骨格筋からIL-6を誘発するには十分な時間と強度であった事が考えられる. 本実験により,18ホールのゴルフラウンドを行うことで,TNF-αの上昇なしに血中IL-6濃度が上昇することが証明された.ゴルフラウンドはIL-6上昇の観点から,炎症を誘発せずに行うことが出来る有益な運動方法であることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】 運動が身体に及ぼす影響を科学的に調査し,新たな知見を得ることは,健康の維持・増進に関して、リハビリテーション医学の貢献に寄与するもだと考える.