著者
米島 万有子 中谷 友樹 安本 晋也 詹 大千
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2018年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.000217, 2018 (Released:2018-06-27)

1.研究背景と目的 デング熱は,熱帯地域や亜熱帯地域を主な流行地とする代表的な蚊媒介性感染症の一つである.近年,温暖化や急速に進む都市化,グローバル化に伴い国内外の人や物の流れが活発になり,これまでデング熱の流行地ではなかった温帯の地域においても,デング熱の定着が懸念されている.日本では,2013年に訪日観光客のデング熱感染が報じられ,国内感染による流行が警告された(Kobyashi et al. 2014).翌2014年には首都圏を中心に,約70年ぶりの国内感染に基づくデング熱流行が発生した.これを受けて,防疫対策上,デング熱流行のリスクを推定することは,重要な課題となっている. これまでデング熱流行のリスクマップ研究では,様々な方法が提案されているものの,その多くはデング熱流行地を対象としている(Louis et al. 2014).デング熱が継続的に流行していない地域を対象とした近未来的な流行リスクを評価する方法は,気候条件によって媒介蚊の生息可能性のみを評価する方法(Caminade et al. 2012など)と,デング熱の流行がみられる地域の気候データと社会経済指標から流行リスクの統計モデルを作成し,これを非流行地にあてはめて,将来的な流行リスクの地理的分布を評価する方法がある(Bouzid et al. 2014).本研究ではこれらの先行研究を参考に,媒介蚊の生息適地に関する気候条件と,日本に近接する台湾でのデング熱流行から作成される統計モデルに基づいて,日本における現在と将来のデング熱の流行リスク分布を推定した.2.研究方法 本研究では,はじめにデング熱流行地の中でも日本に地理的に近く,生活様式も比較的類似している台湾を対象とし,台湾におけるデング熱流行リスクの高い地域を予測する一般化加法モデル(GAM)を作成した.デング熱患者数のデータは,台湾衛生福利部疾病管制署で公表されている1999年~2015年に発生した郡区別の国内感染した患者数を用いた.Wen et al. (2006)を参考に,患者数のデータからデング熱の年間発生頻度指標(Frequency index(α))を求め,これを被説明変数とした.説明変数には,都市化の指標として人口,人口密度,第一次産業割合を,気候の指標として気温のデータから算出した積算rVc(relative vectorial capacity)値を,媒介蚊の違いを考慮するための指標として,Chang et al.(2007)をもとにネッタイシマカの生息分布の有無を示すダミー変数を設定した.rVcはデング熱ウイルスに感染した蚊が人間の間に感染を広める能力を示す指標である.rVcは月平均気温の関数として求めており,その詳細については,安本・中谷(2017)を参照されたい. 上記の作成したモデル式に,日本国内の人口や気候値をあてはめて,台湾のデング熱流行経験に基づいた日本での流行発生頻度の予測値を求めた.人口および第一次産業割合のデータは2010年の国勢調査のデータを,2050年の人口データは国土数値情報の将来推計人口を用いた.なお,日本のリスクマップ作成では台湾の郡区と平均面積がおおむね一致する2次メッシュ単位で作成した.3.結果 台湾の郡区別にみたデング熱の発生頻度を従属変数としたGAM分析結果,気候指標の積算rVc,都市化の指標の人口密度,第一次産業割合に有意な関係性が認められた. このモデルを用いて,日本の2010年と2050年のデータを用いて,現在と将来のデング熱の流行リスクマップを描いた.現在では,リスクの高い地域は大都市圏の中心部に分布している.しかし,気候変動の影響によってデング熱の流行リスクの高い地域は著しく拡大することが推定された(図1).4.おわりに 本研究は,台湾のデング熱流行経験に基づいて,現在の日本のデング熱の流行リスク分布と気候変動の影響による流行リスク分布の推定を定量的な手法によって行った.2014年の流行発生地は,本研究の結果においてもリスクの高い地域であった.長期的にも気候の温暖化の影響によって,デング熱流行リスクの地理的分布は拡大することが示された.付記:本研究は,JST-RISTEX「感染症対策における数理モデルを活用した政策形成プロセスの実現」(代表:西浦博)において実施した.
著者
前川 陽平 錦澤 滋雄 長岡 篤 村山 武彦 竹島 喜芳 安本 晋也
出版者
一般社団法人 日本計画行政学会
雑誌
計画行政 (ISSN:03872513)
巻号頁・発行日
vol.46, no.1, pp.29-36, 2023-02-15 (Released:2023-03-10)
参考文献数
16

In recent years, there have been conflicts with local residents in Japan over issues such as landscape and disaster risk caused by the construction of solar-PV facilities. In order to promote the suitable installation of solar-PV facilities in the future, it is necessary to clarify resident attitudes toward such facilities, not only in the planning stage but also in operation. In this research, a questionnaire survey was conducted among local residents living near a solar-PV facility in operation (that had had conflicts in the planning stage) at Mt. Tsukuba, in Tsukuba city. In addition, a model of resident attitude formation toward the facility was constructed and its determinants were clarified. As a result, it was found that the felt annoyance due to landscape change had a statistically significant relationship with the negative attitude to the project. Moreover, it was also demonstrated that the installation in Mt. Tsukuba was a significant correlated factor with the felt annoyance due to landscape change. The analysis confirms that it is important to avoid installation in mountainous forests of special value to residents, such as Mt. Tsukuba, in order to improve the acceptance from local communities toward solar-PV projects.
著者
安本 晋也 中谷 友樹
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2020, 2020

<p><b>1.</b><b>研究の背景</b></p><p></p><p>近年、健康格差の問題が注目を集めるようになり、貧困層がその他の社会階層と比べて健康状態が劣っている傾向があることが指摘されている。健康格差の発生要因は多様であり、貧困層は「喫煙など健康に影響する行動」「医療施設の利用率」「幼児期の生活史」等において不利な立場にあることが、健康格差の原因として指摘されてきた。</p><p></p><p>一方でO'Neill et al. (2003)は、「環境の質の配分」が健康格差を生む要因の一つとなると主張し、そのプロセスとして次の二つを挙げた。第一に、人々が享受する近隣環境の質(清浄な大気や静かな住環境など)が富裕な地域に多く配分され、貧しい地域では剥奪されることで、健康格差が生まれる可能性がある。</p><p></p><p>このような環境リスクや環境アメニティの配分の公平性を問う概念を環境正義と呼ぶ。環境正義は「居住者の社会的属性(貧困度や人種など)に関わらず、全ての地域が等しく環境リスクもしくは環境アメニティへのアクセスを保有している状況のこと」として定義される。日本においても環境の不正義(近隣環境の質が不公平な配分となっている状況)が見出されている(Yasumoto et al. 2014)。</p><p></p><p>第二に、貧困層はその他の社会階層と比べ、質の低い近隣環境に対し脆弱であるため、環境の質の剥奪に対し、貧困層の健康水準はより強く影響を受け、健康格差が拡大する危険性がある。</p><p></p><p>しかし日本において環境の不正義が、健康格差にどのような影響を与えるかを計量的に分析した研究例は数少ない。本研究ではこの点を踏まえ、大阪府を対象に次の分析を行った。第一に、大阪府において居住地域の社会経済的な水準に基づく健康格差が発生してるかを調査した。次に、環境の質の指標として各家屋が受ける夜間の騒音と日照のデータを取得し、その配分の公平性について分析した。最後に、それら環境の質の配分がどのような健康影響を居住者にもたらすのかを、健康格差の視点から分析した。</p><p></p><p><b>2. </b><b>分析手法</b></p><p></p><p>居住者の近隣環境の質の指標と健康指標のデータは、いずれも郵送質問紙調査を行って取得した。対象となった世帯に、住宅における夜間の騒音と日照の享受の度合いをたずね、さらに健康指標として主観的健康観と幸福感についてたずねた。本調査は2010年、層化無作為抽出法に基づいて180箇所の町丁目に居住する世帯を対象に行った(世帯数=2,527、回答率=約40%)。</p><p></p><p>また、各町丁目の貧困度の指標として、失業率や高齢単独世帯割合などの貧困と関連がある国勢調査指標の重み付け合成値で定義される地理的剥奪指標を利用した。次に大阪府内のDID地区に属する町丁目を地理的剥奪指標に応じて4分位に分類し、各4分位において環境の質に応じて健康水準がどう異なって分布しているかを分析した。</p><p></p><p><b>3. </b><b>結果と考察</b></p><p></p><p>分析の結果として、大阪府には主観的健康観と幸福感における健康格差がみられた。また、富裕な地域ほど騒音の少ない環境に住むという環境の不正義はみられたが、日照の不公平な配分はみられなかった。</p><p></p><p>夜間の静かな環境と日照は、居住者の健康に正の影響を与えることもわかったが、その影響の大きさは地域の貧困度による違いはなかった。すなわち、静かな住環境と日照の剥奪に対し、貧困層は富裕層と比べて必ずしも脆弱ではないという結果になった。</p><p></p><p>筆者らの過去研究では、貧困層は富裕層と比べ公園緑地への近接性の剥奪に対し脆弱であるという結果が出ており、それとは一致しない。これは公園と異なり、静かな環境や日照には代替財が少ないからと考えられる。</p><p></p><p>文献</p><p></p><p>O'Neill, M.S., Jerrett, M., Kawachi, I., Levy, J.I., Cohen, A.J., Gouveia, N., Wilkinson, P., Fletcher, T., Cifuentes, L., and Schwartz, J. l. 2003. Health, wealth, and air pollution: advancing theory and methods. <i>Environmental Health Perspectives</i>, 111(16): 1861-1870.</p><p></p><p>Yasumoto, S., Jones, A.P., and Shimizu, C. 2014. Longitudinal trends in equity of park accessibility in Yokohama, Japan: An investigation of the role of causal mechanisms, <i>Environment and Planning A</i>, 46: 682–699.</p>