- 著者
-
安達 常将
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集
- 巻号頁・発行日
- vol.2004, pp.81, 2004
本発表は,今まであまり注目されてこなかった「深夜バス」に焦点を当てたものである.社会経済的視点からバスを分析した地理学的研究には,従来から過疎地域のバスや高速バスを扱った研究があり,最近ではコミュニティバスに関する研究も増えている.しかし,大都市圏郊外の路線バスを対象とした研究は比較的少なく,特に本発表が対象とした「深夜バス」に関するものはほとんど存在しないといえる.<br><br> ここでは「深夜バス」という語を,深夜路線バスと深夜急行バスを合わせたものと定義する.前者は,23時以降に郊外の主要駅と住宅地を結ぶ運賃倍額のバスで,鉄道からの乗り換え客が利用の大半を占める.後者は,終電後に都心のターミナル駅と郊外を結ぶバスで,終電に乗れなかった人達が輸送の対象となる.したがって,深夜において一定以上の交通需要が発生する区間で運行される点で両者は共通するものの,バスとしての性格には相違が見られる.この点に注意しつつ,「深夜バス」の発達過程を追い,深夜における交通需要の変化とその社会背景を明らかにしていきたい.<br><br> 対象地域は「深夜バス」が最も発達している南関東1都3県とした.国土交通省関東運輸局に「深夜バス」運行事業者を問い合わせの上,各事業者に対し,各系統の起終点・キロ程・ダイヤ・運行開始年月日・利用者層に関するアンケートを行った.さらに,一部の事業者に対しては聞き取りも実施した.その結果,以下のことが明らかとなった.<br><br> 実質的な「深夜バス」の誕生は,1971年に東武が運行を開始した上尾駅から西上尾第一団地までの路線である.ここには行政からの強い要請があった.23時以降の運賃倍額徴収制度もこのとき設けられたものである.大規模住宅団地が郊外で造営され,通勤が長距離化する一方で,深夜における郊外駅からの公共交通の確保が課題となっていたことが背景にある.<br><br> 本格的に「深夜バス」が発達するのは,1980年代後半からである.これは社会の夜型化を反映するものと推測され,バブル期に系統数が急増した.ピークの1989年には,最多の44系統が新設されるとともに,深夜急行バスが初めて登場した.バブル期は,深夜における郊外からの公共交通だけでなく,郊外への公共交通も不足していたのである.<br><br> しかし,バブル崩壊に伴い,「深夜バス」も縮小に転じる.深夜急行バスでは路線の統合や廃止が相次ぎ,深夜路線バスでは運行本数の減少や終車時刻の繰上げが行われた.バブル崩壊以降の1990年代を通し,深夜急行バスの新設はほとんどなく,深夜路線バスも開設ペースが鈍化し,東京都心から近距離の補完的な開設が目立った.<br><br> 再びこの状況が変化するのは2000年以降である.2003年に開設された深夜路線バスの系統数は20に達し,バブル期以来の数字を記録した.つまり,現在再び「深夜バス」に対する需要が高まっていることを指摘できる.運行事業者の話によると,「深夜バス」は,残業帰りの足としての安価な交通機関として人気があり,長引く不景気が「深夜バス」の発達を助長している.バブル期に比べ深夜時間帯における全体の交通需要は少ないものの,安価な交通機関としてシェアを拡大していることが,近年の発達につながっていると考えることができる.<br><br> 本発表は,主にマクロな視点に立ったものであったが,「深夜バス」の発達過程を明らかにする上で,今後はミクロな視点に立った分析も必要であろう.<br> <br>