- 著者
-
宮川 渉
- 出版者
- 日本音楽学会
- 雑誌
- 音楽学 (ISSN:00302597)
- 巻号頁・発行日
- vol.65, no.2, pp.90-105, 2020 (Released:2021-03-15)
本稿の目的は,カイヤ・サーリアホが,《光の弧》において,フランス国立音響音楽研究所(IRCAM)で開発されたコンピュータ技術を用いていかにスペクトル音楽の作曲技法を実践したかを検証することである。そのため,まずスペクトル音楽の作曲技法の中核をなすものが「モデル」と「変形プロセス」という2つの考えに基づいていることを確認し,次にこれらの2点が《光の弧》においていかに現れているかを検証した。具体的には,サーリアホが残したコンピュータ・プログラムのデータ,スケッチなどの分析を中心に調査を進めた。
その結果,「モデル」という考えは,IANAというコンピュータ・プログラムを用いてチェロの音をスペクトル解析した結果を和音として使用するサーリアホの手法の中に見出すことができ,また「変形プロセス」に関しては,Formesというコンピュータ・プログラムが算出した「補間法」を用いてリズムを構築する方法において見られた。しかし,サーリアホはコンピュータが算出するデータをそのままの形で使用したのではなく,それらを変形させたり,一部のみを取り上げたりすることによって,作曲に必要な音素材に変えていった。このように《光の弧》の作曲過程において,彼女はスペクトル音楽の作曲技法を厳格にではなく,より自由な形で扱っていることが判明した。