著者
新田 智裕 平松 隆洋 宮本 謙司
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.A3O2023, 2010

【目的】<BR>肩関節運動において肩甲上腕リズムを維持して運動する為には、肩甲胸郭関節を構成している体幹機能が保たれている事が重要となる。一般的に肩関節最大屈曲には脊柱及び肩甲骨の十分な可動性が必要とされているが、肩関節疾患により肩甲上腕関節及び肩甲骨の可動性が乏しい場合、脊柱伸展の代償を用いて肩関節屈曲運動を補償している場合がある。健常人を対象とした上肢挙上バイオメカニクスに関しての報告は散見されるが、肩関節周囲炎患者を対象に脊柱、肩甲骨可動性の関係について詳述された報告は少ない。そこで本研究の目的は肩関節周囲炎患者を対象とし,疼痛の有無が患側及び健側肩関節最大屈曲(以下、肩屈曲)時の脊柱と肩甲骨可動性の関係に及ぼす影響について明らかにする事とした。<BR><BR>【方法】<BR>対象は、当院整形外科を受診している肩関節周囲炎患者11名(男性5名、女性6名、63.6±13.7歳)の疼痛側11肩(JOA Score71.3±4.8、罹患期間10ヶ月以上:以下、P側)と非疼痛側11肩(以下、N側)とした。なお脊柱に構築的な側彎がある者、脊柱・胸郭・肩甲骨に構築的に問題がある者、手術の既往がある者は対象から除外した。<BR>測定課題は疼痛側及び非疼痛側肩関節の最大屈曲とし、立位にて頭部を正面に向いた状態で行なった。肩屈曲可動域は日整会の方法に基づいてゴニオメーターにて測定した。<BR>脊柱可動性の測定はMilneの方法に準じ、自由曲線定規を用いて測定した。C7からL4の距離(L)、彎曲の頂点から直線Lへの垂線(H)の距離を計測し、H/L ×100 を計算式として円背指数を算出した。なお円背指数が小さいほど脊柱が伸展位であると解釈し、静止立位時円背指数と肩屈曲時円背指数の差を脊柱伸展量と定義した。<BR>肩甲骨可動性は、肩甲骨下角の移動量と外転率の変化量を用いた。肩甲骨下角の移動量は胸郭周径(W)と肩甲骨下角から脊柱までの距離(A)を測定し、A/W×100を下角位置として算出した。外転率はDiVetaの方法に準じ、Th3棘突起から肩峰後角までの距離(cm)を、肩甲棘から肩峰後角までの距離で除した値を外転率として算出した。肩屈曲時と静止立位時の測定値の差をそれぞれ下角移動量、外転量と定めた。<BR>統計処理はSpearmanの順位和相関係数の検定を用いた。P群、N群各々に関して、1.脊柱伸展量と下角移動量の相関関係、2.脊柱伸展量と肩甲骨外転量の相関関係について検討した。有意水準は5%とした。<BR><BR>【説明と同意】<BR>ヘルシンキ宣言に基づき、対象者には本研究趣旨を十分に説明し、同意書にて同意を得た。<BR><BR>【結果】<BR>円背指数は静止立位時に比べ肩屈曲時に全例が減少した。すなわち、全例で脊柱伸展が認められた。肩甲骨下角位置は静止立位時に比べ肩屈曲時に全例の数値が増大し、全例で肩甲骨下角の外側移動が認められた。肩屈曲可動域はP側:144.5±20.5°、N側:170.1±13.9°、脊柱伸展量はP側:2.46±1.93、N側:2.81±2.25、下角移動量はP側:10.41±2.35、N側:9.66±2.85、外転量はP側:0.18±0.15、N側:0.18±0.22であった。1.脊柱伸展量と下角移動量の相関係数はP側:r=-0.74(p<0.01)、N側:r=-0.37(p>0.05)となり、P側で強い負の相関が認められた。2.脊柱伸展量と肩甲骨外転量の相関係数はP側:r=-0.62(p<0.05)、N側:r=-0.63(p<0.05)となり、P側及びN側共に中等度の負の相関が認められた。<BR><BR>【考察】<BR>本研究結果から、疼痛側肩屈曲では肩甲骨下角の移動量(肩甲骨上方回旋、外転の複合運動)が少ない者ほど脊柱伸展量が大きくなる、または脊柱伸展量が少ない者ほど肩甲骨下角の移動量が大きくなる関係が示唆された。よって、疼痛側肩屈曲時に肩甲骨可動量が乏しい者は脊柱伸展量を大きくする事で肩屈曲運動を補償する傾向があり、理学療法介入は肩甲上腕関節と並行して脊柱、肩甲骨可動量にも着目して行なう必要がある。<BR><BR>【理学療法学研究としての意義】<BR>肩関節周囲炎患者において、疼痛側と非疼痛側で脊柱と肩甲骨の関係が異なる事が示唆された。疼痛側では肩甲骨可動量が少ない者は脊柱伸展量が増大し、脊柱伸展量が少ない者は肩甲骨可動量が増大して肩屈曲運動を補償する傾向にあった。本研究は、様々な理学療法所見を参考に多角的に分析していく為の基礎的な研究結果となる。今後、病態の進行と並行して縦断的な検討を行いたい。