著者
富田 広士
出版者
日本中東学会
雑誌
日本中東学会年報 (ISSN:09137858)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.183-206, 2011

2007年大カイロ地域(カイロ、ギザ、カルユビア三県)政治意識調査と2008年にエジプト全国規模(カイロ、ポート・サイード、カフルッ・シャイフ、メヌーフィーア、ベニ・スウェーフ、ソハーグ六県)で政治社会意識を探った調査結果の中から、エジプト人は自らが置かれたどの地域枠に最も帰属意識を持つか(およびそれに依拠した政治イデオロギーへの共感)を観る「地域アイデンティティ」に注目する。その上で2008年全国調査結果におけるこの項目と政治意識をはじめとする七つの項目のクロス集計を行い、2007年調査と比較して次の3点を明らかにする。第1に、アラブ主義、エジプト・ナショナリズム、イスラム主義(三つのイズム)への共感度は6調査県によって当然強弱が現れるが、共感する政治イデオロギー・宗教信条を一つでなく三つまで挙げられる条件のもとでエジプト人には、これら三つの政治イデオロギーの重要性を三つとも認める選択傾向が見られる、第2に、2007年に大カイロ地域で行った政治意識調査からは、従来都市民共通の意識として指摘される政治関心、意識の高さ、政治有効性感覚の低さ、現実政治への参加意欲の低さが確認された。しかし2008年全国調査では貧困問題が深刻といわれる上エジプト、ベニ・スウェイフ県、ソハーグ県において下エジプト4県よりも高い政治関心、意識、選挙での投票率などが確認された。第3に、三つのイズムへの共感度には政治意識や所得による変動は全く見られないといってよい。しかし三つのイズムへの共感度には下エジプト四県に比べ上エジプト二県において押しなべて高いという顕著な傾向が見られる。従来中央‐地方関係では、中央都市の市民意識に政治意識の全般的活性化が起こっているとするのが通説である。その意味では、2008年全国調査はこの通説に挑戦する調査結果を提供している。と同時にベニ・スウェーフ、ソハーグ両県で識別された政治意識の全般的活性化状況は、上エジプト(al-sa'īd)が伝統的に中央政府に対して抱いてきた反中央意識を示唆するものである。
著者
富田 広士
出版者
慶應義塾大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1997

この研究プロジェクトは、研究計画調書および交付申請書提出段階では、民主化・経済自由化を軸に、1.スーダン・アフリカの角(エチオピア、エリトリア、ソマリア、ジブーティ)と2.エジプトの比較を行おうとした。研究分担として、1.を英国レッディング大学政治学科教授、ピーター・ウッドワード氏、2.を私が担当することになっていた。しかし、研究を開始して1年後の平成10年度交付申請書提出段階において、本務校の事務担当者より、研究組織上外国人を含めることはできず、また実際研究代表者1名による個人研究であるので、そのような形で研究を遂行してほしいとの指摘を受けた。そこで、日本学術振興会担当課に、交付申諸書記載事項の変更を届け出るべきか照会したが、その必要はないとの返答を得た。こうした経緯を踏まえ、平成10、11年度には、エジプトの民主化と経済自由化の研究に集中した。分担地域1.については、ウッドワード教授との研究レビューに止めた。研究成果報告書第1部は、エジプト革命以降サーダート政権までを中心に、従来発表した研究に加筆修正を施した。また第1部、「終りに」において、新たに、7月23日革命以後1990年代半ばに至るエジプトの政治過程を概観している。第2部は、研究計画調書で問題提起した、1960年代エジプトにおける経済自由化の萌芽に関する研究である。第8章を除く全ての論稿は、このプロジェクト期間中に調査あるいは執筆を行ったものである。第11章では、60年代前半のソ連・東欧における経済改革の影響がエジプトに及んだ経緯をある程度分析することができた。今後、エジプトにおける経済自由化の萌芽の問題を軸に、1960年代後半の出来事を追跡して、日本におけるエジプト研究の中で、一つのまとまりとオリジナリティを持った研究に仕上げるつもりである。