著者
小島 基洋
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.26, pp.17-28, 2017

村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』(一九七九年)は, 語り手の三人目の恋人を襲った悲劇的な死を隠蔽すべく, <<虚偽>>の詩学を用いて書かれている. この目的のために, 村上は「ハッピー・バースデイ, そしてホワイト・クリスマス」という<<虚偽>>のオリジナル・タイトルを付け, 最終的なタイトル「風の歌を聴け」が付けられた後には, カポーティの短編「最後のドアを閉めろ」という<<虚偽>>の出典を指示する. また<<虚偽>>のSF作家デレク・ハートフィールドの自死について語り, 物語の<<虚偽>>の焦点を当てるのは, 彼女が死んだ1970年4月ではなく, 8月である. 更に, 彼女への鎮魂の意味合いが強い「風の歌を聴く」という表現の代わりに, 「雲雀の唄を聴く」という<<虚偽>>のフレーズを使用する. 恋人の死という余りに重いテーマは新人作家であった若き村上春樹には表現することが困難であったのだが, 彼は後年, 『ノルウェイの森』(1987年)において, それを見事に表出するに至る.
著者
小島 基洋
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.24, pp.1-12, 2015-12-20

村上春樹の『羊をめぐる冒険』(1984)の基底には<再・拠失>の詩学がある. 本作では, 鼠と呼ばれる主人公の死んだ親友が, 羊男, そして幽叢として姿を現し, 再び姿を消す. また, 主人公の自殺した恋人が, 「誰とでも寝る女の子」, 「耳の女の子」として現れ, 前者は交通事故で死に, 後者は突然, 主人公のもとを去る. さらに, <再・喪失>の詩学は登場人物だけなく, 物や場所にも適応される. 時計の停止が, 鼠の<再・喪失>を, 再訪した海岸から立ち去ることが, 青春の<再・喪央>を表してもいる.