著者
小島 渉
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2011

集団で生活するカブトムシの幼虫において、自分が作った蛹室が、近くにいる他個体に壊されてしまう可能性がある。前年度の研究から、蛹室に幼虫が近づいた時、蛹は回転運動により振動を発し、幼虫の接近を防ぐことが明らかとなった。今年度は、蛹の振動信号を受容した幼虫が、どのようなプロセスで蛹室から離れるのかを解析した。幼虫の行動を直接観察するのは困難なため、幼虫が地中を動くときに発する微弱なノイズを計測することで、幼虫の行動を評価した。その結果、蛹の振動を受容した幼虫は約10分間のフリーズ反応をおこすことがわかった。また、蛹の発する振動の成分中の低周波の成分が、幼虫にこのフリーズ反応を引き起こすことが明らかとなった。幼虫の天敵であるモグラの発する振動に対しても、幼虫はフリーズ反応を示したことから、振動に対する幼虫の反応は、モグラなどの捕食者に対する戦略が起源となっているのではないかと考え、種間比較を行った。蛹が振動を発しない近縁種のスジコガネ亜科とハナムグリ亜科の幼虫に対し、カブトムシの蛹の発する振動を与えたところ、カブトムシの幼虫と同じように、約10分間のフリーズ反応をおこした。つまり、ある振動に対してフリーズを起こすという幼虫の性質は、コガネムシのグループに古くから存在していた性質だと考えられる。カブトムシの蛹は、もともと幼虫が持っていた性質に便乗することで、振動信号を進化させた可能性が高い。本研究は、感覚便乗モデルの数少ない実証例であり、動物のコミュニケーションの進化を考える上で重要な発見である。
著者
小島 渉
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.72, no.2, pp.147, 2022 (Released:2022-10-22)
参考文献数
41
被引用文献数
1

コガネムシ上科には、オスが角や発達した大顎などの武器形質を頭部に持つ種が多く存在する。それらの中には長い前脚を持つ種が多く含まれる。このことから、頭部の武器と前脚は機能的に関連していることが推測されるが、二つの形質の機能に同時に着目した研究は少ない。本稿では、オスが1対の角と長い前脚という二つの誇張化形質を持つワリックツノハナムグリにおいて、オス間闘争におけるこれらの形質の機能について解説する。本種はタケの仲間の新芽に集まり、吸汁、配偶を行う。オスは交尾後にメスにマウントし、配偶者防衛を行うが、餌場での性比がオスに偏っており、防衛オスと単独オスとの間で頻繁に闘争が起こる。闘争行動を分析した結果、前脚は闘争の初期における儀式的行動で、角は闘争がエスカレートしたときの直接的な闘争でおもに使われることがわかった。また、大きな武器(あるいは大きな体)を持つオスほど、配偶者防衛、あるいは配偶者の乗っ取りに成功しやすかった。形態のアロメトリーの解析結果からも、角と前脚が性淘汰の産物であるという仮説が支持された。さらに、長い前脚が枝の上を歩く際に歩行速度を低下させるかを調べたが、体に対する前脚の長さと歩行速度の間に関係は見られなかった。相対的な前脚の長さは、相対的な中脚や後脚の長さと正の相関を示したことから、長い前脚を持つ個体は同時に長い中脚や後脚を持つことで、歩行の安定性を維持している可能性がある。
著者
小島 渉
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2013-04-01

カブトムシの体サイズは一つの個体群において大きくばらつく。これまで幼虫の発育条件が成虫の体サイズを決める主要な要因であると考えられてきた。私は実際に幼虫の餌条件や飼育密度を操作し、高密度条件下や発酵のあまり進んでいない腐葉土を食べたときに、幼虫の成長速度が低下すること、体の小さな成虫が羽化することを確かめた。さらに、母親の産む卵サイズも幼虫の発育に影響を与えることが分かった。体の大きい母親は大きな卵を産む傾向があり、これが卵を通した母系効果として子に伝わっている可能性がある。カブトムシは個体群内だけでなく個体群間においても体サイズが大きくばらつく。それらの変異を定量的に調べるために、国内の5箇所において成虫を採集し、体サイズやオスの角の長さを比べた。その結果、只見(福島県)や屋久島で採集された個体の体サイズは、関東地方などに比べ、ずっと小さいことが分かった。一方、体の大きさに対するオスの角の長さは、只見の個体群は関東のものに比べ変わらないが、屋久島の個体群は短いことが分かった。それぞれの個体群のメス成虫から採卵し、それを同一の条件で育てたところ、只見と屋久島の個体群はやはり関東の個体群に比べ、やはり体サイズが小さかった。つまり、只見と屋久島では、幼虫の生育条件が悪いという理由のみで、野外で小さい成虫が現れるわけではないと考えられる。遺伝的な要因や卵サイズを通した母系効果が影響を与えている可能性が高い。現在、体サイズに対する角の長さの解析を行っている。