- 著者
-
小松 正之
- 出版者
- University of Tokyo (東京大学)
- 巻号頁・発行日
- 2004-04-09
本論文は、1991年から2003年までの13年間、連続して国際捕鯨委員会(lWC)の政策決定に関与した筆者が、鯨類等の国際海洋水産資源の持続的利用を推進するための新たな政策の立案とその実施に関する研究結果を記述したものである。// 1972年6月ストックホルムで開催された国連人間環境会議は、10年間の商業捕鯨モラトリアムを採択した。これを受けて旧捕鯨国(英、米、豪、NZ等)は捕鯨反対行動を展開し、1982年にIWCは商業捕鯨モラトリアムを採択し、これが1986年に発効した。日本は異議申立を行ったが、1986年に撤回し、1988年以降商業捕鯨を一時停止した。商業捕鯨モラトリアムを見直すために必要な作業として、IWCは包括的資源調査評価(CA)をミンク鯨などについて開始し、いくつかの種の系統群については終了した。また資源を保護しながら最小限の捕獲枠を与える手続(procedure)である改訂管理方式(RMP)が、すでに1992年に完成している。// さらに商業捕鯨モラトリアムは、遅くとも1990年までには見直しのための検討をするとの合意がIWCにおいて合意されていたにもかかわらず、14年が過ぎた現在でも資源量が豊富な鯨類(ミンク鯨約100万頭、マッコウ鯨約200万頭など)についてすら捕鯨が再開される兆しは見られない。そこで日本は、死亡率や加入率などの生物学的な指標を得て、資源を持続的かつ安全に管理することを主目的として、国際捕鯨取締条約第八条に基づく調査捕鯨を1987/88年漁期から開始した。// 1991年8月から水産庁の捕鯨担当課長補佐に任ぜられて以来筆者は、鯨類の国際海洋水産資源の持続的利用を目的として設立されたIWCが、上記のような機能不全状況にあることを是正するために、達成可能な政策をいかに中長期的視点で企画立案すべきかを海洋動物資源政策科学の立場から検討してきた。また立案された政策をいかに実施すべきかについて検討し、実際の実施に移すと同時に、その実施結果を再検討することによって、より優れた政策立案を行うというフィードバックシステムを確立した。// 企画立案された政策は、以下の3点に要約される。(1)IWC科学委員会とIWC本会議運営の改善政策、(2)国連食料農業機関(FAO)、絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(CITES)等、IWC以外の国際機関との提携・活用政策、(3)IWC総会の日本開催推進等による国内理解の向上政策。// (1)IWC科学委員会とIWC本会議運営の改善政策として筆者はまず、IWC科学委員会に参加する日本の科学者陣の力量と経験の向上のために、資源の持続利用を支持する経験豊かな外国の研究者陣と日本の研究者陣の交流システムを立案し、実行に移した。この結果、日本の科学者陣は現在では独自の十分な対応が可能となった。さらに、1994年から筆者が議長となって、国際海洋水産資源の持続的利用に関するシンポジウムを毎年開催した。その結果、国際海洋水産資源の持続的利用に関する科学・技術の進展が図られたと同時に、持続的利用を志向する国々のIWC加入が促進され、また持続的利用を科学的見地から理解しうる国々(いわゆる中立国)との相互理解が深まった。// 少なからぬ発展途上の沿岸国は、自国沿岸域で鯨類が繁殖し、多量の魚介類の捕食することによって、自国の漁業資源が枯渇するのではないかと危倶しており、鯨類の資源管理に関する科学的情報を求めたいという希望をもっている。このような開発途上国の要望を実現化するために、彼らのIWC加盟を容易にすべく、分担金を軽減する必要があると考えた筆者らは、国連分担金方式をIWCに導入することを日本の提案に盛り込むことに努めた。その結果、2002年に下関総会で開発途上国の分担金の軽減が決定されるという成果を得た。またデンマークと共同して、本会議のプレスへの開放、テレビカメラ持ち込み等を提案するという提案を立案し、可決されることによってIWCの透明性が確保されるという成果を得た。さらに英語のみを正式な公用語に指定しているIWCにおいて、仏語、西語を母国語とする西アフリカ諸国等のために、通訳の導入促進を推し進める提案を行い実施に移した。// (2)国連食料農業機関(FAO)、絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(CITES)等、IWC以外の国際機関との提携・活用政策として、筆者はFAOに勤務した経験を生かし、1995年FAOの技術的支援を得る枠組みを作成・実施し、さらに日本政府主催の『食料安全保障のための漁業の持続的貢献に関する国際会議」の開催を計画・実施した。この会議(京都会議)は、世界最大の95ヶ国が参加し、鯨を含む複数種一括管理の導入、鯨を含む生態系の全部の要素を満遍なく利用すべきことなどを盛り込んだ京都宣言及び行動計画を採択した。また2001年FAO水産委員会において、日本人として初めての議長を務め、漁業と鯨類の相互作用に関する研究の推進に関する国際的注目を集めたパラグラフ(第24回水産委員会レポートパラグラフ39)を採択することに成功した。// 絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(CITES、ワシントン条約)は、現在世界164ヶ国を加盟国とするより広範な会議であり、発展途上加盟国が多数を占める。1997年ジンバブエで開催の第10回CITES締約国会議では、我が国が提案した南氷洋ミンク鯨のダウンリスティング提案が賛成53対反対59と過半数に迫る支持を得たのは、鯨類等の国際海洋水産資源の持続的利用に関する政策が成果をあげつつあることを示していると考えられる。// (3)IWC総会の日本開催推進等による国内理解の向上政策として、1993年に第45回IWC総会を28年ぶりに日本(京都)で開催したこと、および2002年に第54回IWC総会を下関において開催したことがあげられる。とくに後者のIWC総会開催については、下関市と連携しながら強力にIWCへ働きかけたことが功を奏したものと考えられる。これら2回の日本におけるIWC総会開催によって、鯨類等の国際海洋水産資源の持続的利用に関する国内世論が盛り上がり、風化しかけた捕鯨の重要性が再認識されるという成果を得た。// 鯨類等の国際海洋水産資源の持続的利用については、法的根拠と科学的証拠に基づく主張のみでは、国内外の多くの人々の支持を得ることが困難であると考えた筆者は、法的根拠と科学的証拠を基本としつつ、日本と西洋の捕鯨と食についての歴史と文化の差異について分析し、主張することを新たな施策に取り入れることを試みた。すなわち、日本の捕鯨が鯨体完全利用を特徴としていること、また慰霊祭など自然への感謝の行事を伝統的に保持していることは、鯨類を乱獲することなく持続的に利用することと協働するものであること、さらに現在進めている調査捕鯨の経験を生かした科学情報収集型捕鯨として、未来捕鯨の原型となることを検証し、その優位性を主張することである。// 設立目的から逸脱し機能不全を呈している国際漁業機関はIWCのみではなく、オーストラリア・NZと日本とが対立し、意思決定ができない「みなみまぐろ保存委員会」(CCSBT)も同様の状況を呈していた。すなわち、インドマグロ(ミナミマグロ)の資源回復が充分に図られたと判断した日本は1995年から総漁獲可能量(TAC)の増大を要求したが、その基礎とするため日本が1998年に自国の責任において実施した調査漁獲計画(EFP)を、環境保護色の強いオーストラリアとNZは国連海洋法条約第15部に基づき仲裁に訴えた。また暫定措置要求が両国から提出され、国際海洋法裁判所での審理の結果、我が国は事実上敗訴した。// しかし、科学的根拠に基づいてミナミマグロの持続的利用の正当性を訴えた日本は、2000年に国際仲裁裁判において逆転勝訴することができた。このように法的根拠と科学的証拠に基づく政策を立案し、その正当性を立証する行動計画を実施することによって、CCSBTのような機能不全を呈している国際漁業機関を正常化することが可能であると考えられる。一方、IWCにおいては依然として不正常な状況が続いているが、本論文において示した国際海洋水産資源の持続的利用を推進するための政策の立案と実施の成果を教訓として、より優れた中長期政策を立案・実施することによって、改善が図られるものと考えられる。