- 著者
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山口 未花子
- 出版者
- 日本文化人類学会
- 雑誌
- 文化人類学 (ISSN:13490648)
- 巻号頁・発行日
- vol.76, no.4, pp.398-416, 2012-03-31 (Released:2017-04-17)
近年、文化人類学では西洋の二元論的思考を乗り越えようとする議論が活発に行われている。例えばフィリップ・デスコーラは自然と人間の関係を内面と外面の連続性から4つのモードに分類し、人々が集まる場面で支配的になるモードがその社会の存在論であると定義した。このような西洋とは異なる存在論を認めることは、異なる視点から社会を分析することを可能にする。本論文ではこうした議論を踏まえ、狩猟採集民のなかでも特に動物との緊密な関係を維持してきた北米先住民カスカの民族誌から、動物と人間の連続性を検討することを目的とした。具体的には、まずカスカが動物と最も接近する狩猟活動の中でみられた、動物に関する知識や技術、規範、種毎の分類から、カスカの人々が生態学的な知識を利用しながらも交渉可能な対象として動物を捉えていることを明らかにした。また、その動物を食べることが出来るか出来ないかによって儀礼の有無が決まることから、儀礼によって確保しようとする動物との連続性が、決してどの動物種にも求められるものではないことが示唆された。カスカの人々は、狩猟においては動物への接近が切望されるのに対し、日常の生活における過度な接近は同化への怖れを呼び起こすというように、状況によって動物との距離を図り、調節しながら生活をしている。さらにカスカを含めた動物同士の社会関係、物語、メディシン・アニマルといった項目の分析からは、種、あるいは親族集団、個という異なる単位での関係のバリエーションがあることが明らかになった。この中でも個人と動物との関係は最も基礎的な社会単位であり、文化的にもその関係の維持に最も価値がおかれ、注意が払われる。そこには動物達が織りなす世界の一部としての人間という、モードに切り分けられないような連続性というものが見いだせるのである。