著者
中島 和子 西原 鈴子 石井 恵理子 岡崎 眸
出版者
名古屋外国語大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

当該研究期間の研究成果を次の4点にまとめることができる。(1)複数言語環境で育つ言語形成期の幼児・児童・生徒が、どの言語の接触量も不十分な生育・家庭・学校環境に置かれたときに一時的に生じる言語性発達遅滞をセミリンガル現象と言う。幼児の場合は言語全体の発達遅滞、学齢期の場合は認知力を必要とする特定の言語領域(読解力、作文力、抽象語彙など)の発達遅滞につながる。現象面では子どもの生得の機能障害と共通するところが多いため誤解されることが多い。愛知県の外国人児童生徒調査と東京のNew International Schoolの会話力・読解力調査を通して、マジョリティー言語を母語とする子どもよりも、マイノリティー言語を母語とする子どもがセミリンガル現象に陥る可能性が高いことが確認された。(2)主な要因は、親の国を越えての移動による教育の断絶、突如強要される使用言語・学習言語の切り替え、劣悪な言語・文字環境から来る第一言語(母語)の未発達などである。(3)教育的処置としては、日本語と英語、日本語とポルトガル語、日本語と中国語のように言語体系が異なる2言語間でもL1→L2、L2→L1の双方向の転移があることから、幼児の場合は第1言語を強め、文字環境を改善すること。学齢期の場合は、a)心理的セミリンガル現象から自ら抜け出せるように、心のケア(=アイデンティティー育成)をすること、b)最大限の認知活動を促進する学校環境を整えることなどである。(4)国内の外国人児童生徒教育では、セミリンガル状況で入学する小学1年生が急増しており、また学習言語能力の発達遅滞のために中学1,2年で中退する生徒が増えていることに鑑み、セミリンガル現象に対する行政、学校当局、教師、保護者の認識を高める必要がある。本研究で立ち上げた「母語・継承語・バイリンガル教育研究会」がその面で大きな貢献をしてきている。
著者
岡崎 眸
出版者
社会言語科学会
雑誌
社会言語科学 (ISSN:13443909)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.19-34, 2010-08-31

「外国人」年少者教育が直面している課題「日本語ができても教科学習に参加できない」に対して,二つのアプローチが提起されている.〈易しい日本語で教科を学ぶ「日本語・教科相互育成」〉と〈母語で教科の内容を学び,それを梃子に日本語で学ぶ「教科・母語・日本語相互育成」〉である.本稿では,この二つのアプローチを取り上げ, (1)子どもにとって,何がどのように実現されることなのか, (2)それは当の子ども,親,教員や学習支援者ひいては「外国人」受けいれの途上にある日本社会の今後のあり方にどのような未来を切り拓くものか,という視点から,バイリンガル教育研究の知見なども援用して検討した.検討素材としては,それぞれのアプローチに基づく実践現場の「学習場面における子どもと教師(支援者)のやりとりの談話」,「子どもの声」などを使用した.結果,在籍級の授業の予習としてなされる「母語訳された教材文を,母語で学ぶ」場面において,子どもは,自由に操ることのできる母語で,認知面・文化面・社会面などに関わる既有能力を駆使し,過去の母国での経験や母国で学んだ知識を統合しながら学習に参加していることが示された.他方,「日本語・教科相互育成」アプローチの下では早期の授業参加が可能となる一方で,制限のある日本語で参加する学習場面では,教師の指導に依存することが多く,既有能力を活かした学習が難しいことが推察された.また,「教科・母語・日本語相互育成」アプローチでは,「外国人」に,「日本語の教材文を母語に翻訳する」,「授業に支援者として関わる」などの役割が期待されていることから,「外国人」は,「外国人」年少者教育の推進主体となり,多言語社会の構築に向けて道を開くものであることが示された.