著者
笹川 千尋 戸辺 亨
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1997

赤痢菌の感染初期段階における感染分子機構を解明することは、細菌性赤痢発症の本態を理解する上でも、またその感染を初期段階で阻止する手段を講じる上でも重要であり、本研究では、赤痢菌の細胞侵入機構と細胞侵入後の菌の細胞間感染に必要な細胞内運動機構に各々焦点を絞り研究を実施した。赤痢菌の細胞侵入機構の研究:赤痢菌の細胞への侵入には、本菌の分泌するIpaB IpaC,IpaD蛋白(Ipa蛋白)がa5blインテグリンに結合することが重要であることをすでに報告したが、この結合によりどのような細胞内シグナル伝達が活性化され最終的に菌の取り込みに必要なアクチン系細胞骨格繊維の再構成およびラッフル膜を誘導するかを解析した。その結果、(i)Ipa蛋白を休止期の細胞へ添加すると、細胞接着斑構成蛋白であるパキシリンやFAKのチロシンリン酸化とビンキュリン、a-アクチニン、F-アクチンが細胞内に凝集する。(ii)Ipa蛋白に対する当該細胞内反応はRhoにより制御されている。(iii)赤痢菌の細胞侵入に於いて出現するラッフル膜の誘導には、さらにType-III蛋白分泌装置よりVirA蛋白をはじめとする一連の分泌性蛋白が上皮細胞内へ注入されることが不可欠である。赤痢菌の細胞内・細胞間拡散機構:本現象に係わる赤痢菌のVirG蛋白と宿主蛋白、特にアクチン系細胞骨格蛋白との相互作用を解析し以下の知見を得た。(i)VirG蛋白のアクチン凝集能に必要な領域は、本蛋白の菌体表層露出領域にあり、特にN-末端側のグリシン残基に富む領域が重要である。(ii)VirGの当該領域と結合する宿主蛋白として、ビンキュリンとN-WASPが同定され、その結合はいずれも細胞内赤痢菌から誘導されるアクチンコメットの形成に不可欠である。
著者
笹川 千尋 冨田 敏夫 戸辺 亨 福田 一郎
出版者
東京大学
雑誌
一般研究(B)
巻号頁・発行日
1992

赤痢菌は経口的にヒトへ感染後回腸に到達し、腸上皮細胞へ自ら食作用を誘発し細胞内へ侵入する。これには本菌の有する大プラスミド上のipaBCDから産生される侵入性蛋白(IpaB,IpaC,IpaD)が深く関っていることが知られているが、その機序は不明であった。そこで本研究ではIpa蛋白の性質と侵入に果す役割を理解する目的で、(i)Ipa蛋白の上皮細胞に対する作用、(ii)Ipa蛋白の菌体外論送機構、(iii)ipaBCD遺伝子の発現調節機構、の以上3つの研究を実施し、以下に列挙する知見を得ることができた。(1)Ipa蛋白は通常菌体表層に発現し結合状態にあるが、菌体から遊離することが細胞侵入に不可欠である。(2)Ipa蛋白の菌体からの遊離には、菌と上皮細胞との接解が必須である。(3)(2)の現像は、菌と細胞外マトリックス(フィブロネクチン、ラミニン、コラーゲンIV)との接解により惹起される。(4)Ipa蛋白の遊離能には、大プラスミド上のSpa遺伝子の1つ、Spa32が関与している。(5)遊離したIpaBとIpaC蛋白は複合体を形成し、IpaDと共に上皮細胞上のレセプター(現在同定中)に結合する。(6)IpaB、IpaC、IpaDの菌体外論送には、大プラスミドのコードするmxi領域と共に、Spa領域が必要である。(7)Spa領域中には8つのSpa遺伝子が存在する。(8)Spa蛋白のアミノ酸一次構造は、動物・植物病原菌に広く存在する蛋白分泌系蛋白と著るしい(20〜45%)ホモロジーを示し、互いの遺伝子構成も類似している。(9)(8)で認められる蛋白による蛋白論送系は、Sec-依存的蛋白論送系あるいはヘモリジン蛋白論送系とも異なる、第3の蛋白論送系である。(10)ipaBCDの温度依存的な発現調節は、本遺伝子群の正の転写因子、virB、の転写段階で行なわれている。以上の成果は欧米でも注目され、平成6年にはゴ-ドン会議に於て招待講演として発表を行った。