著者
新矢 恭子 河岡 義裕
出版者
日本ウイルス学会
雑誌
ウイルス (ISSN:00426857)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.85-89, 2006 (Released:2006-10-13)
参考文献数
11
被引用文献数
16 22

H5N1鳥インフルエンザウイルスがアジア,ヨーロッパ,そしてアフリカで猛威を振るっている.すでに,100人を越える人が本ウイルスに感染し死亡したが,ヒト‐ヒト間の伝播はまれである.私たちは,人の呼吸細気管支,肺胞細胞の多くが鳥由来インフルエンザウイルスによって認識されるシアリルオリゴ糖(SAα2,3Gal)を発現していることを見出した.しかし,人の上部気道の上皮細胞では,鼻粘膜の一部の細胞をのぞいて,人由来ウイルスによって認識されるSAα2,6Galしか発現していないことがわかった.これらの事実は,なぜ鳥インフルエンザウイルスが鳥類からヒトに直接感染し,感染患者において重篤な下部呼吸器障害を引き起こすことができるかを説明している.また,ヒトの上部気道には,人のウイルスのレセプター(SAα2,6Gal)はたくさん存在するが,トリウイルスのレセプター(SAα2,3Gal)はほとんど存在しないことは,H5N1ウイルスが,めったにヒト‐ヒト間伝播を引き起こさない事実と一致している.しかしながら,H5N1ウイルスの中には人ウイルスのレセプターを認識するものも存在する.したがって,H5N1インフルエンザウイルスが効率よくヒト‐ヒト間で伝播する能力を獲得するためには,レセプター特異性の変化のみならず,それ以外の変異が生じる必要があるのであろう.
著者
河岡 義裕 新矢 恭子
出版者
東京大学
雑誌
特別推進研究
巻号頁・発行日
2006

本研究課題では、高病原性H5N1鳥インフルエンザによるパンデミックの危機に備え、H5N1ウイルスの生物学的性状を分子レベルで解析した。H5N1ウイルスがヒトへ伝播するために重要な様々なアミノ酸を特定するとともに、ヒトの呼吸器におけるレセプター分布などを明らかにし、鳥インフルエンザがヒトへ伝播するメカニズムを解明した。また、本研究期間中にパンデミックが発生したことから、H5N1ウイルスのみならず、パンデミックウイルスの抗インフルエンザ薬耐性ウイルスの出現頻度や、出現メカニズムを明らかにした。さらに、インフルエンザウイルスの粒子形成について解析を行い、ゲノム-ウイルス蛋白質複合体の立体構造を明らかにし、8本のゲノムの粒子への取込機構の一端を明らかにした。本研究により得られた成果は、次のパンデミック予測、感染拡大阻止、薬剤開発などに役立つものとなる。
著者
新矢 恭子
出版者
鳥取大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2005

1997年以来、高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)ウイルスは東南アジアを中心に発生し続けている。160人を超える人々がこのウイルスによって感染・死亡しているが、人間同士の感染の発生は稀である。この事実は、新型ウイルス発生・世界流行の可能性に関与する基本的な問題を提起している。鳥由来のH5N1ウイルスは、鳥型のウイルスレセプターを欠くと思われる人間に、なぜ、効率的に感染・増殖が可能なのであろうか?また、人間同士での感染を制限する分子学上の障壁は何であろうか?私達は、前年度に、高病原性鳥インフルエンザウイルス感染患者から分離された1つのウイルス株が、鳥型・人型の両方のシアル酸(インフルエンザウイルスレセプター)を認識する性質を有することを報告すると同時に、宿主側要因として、人間の呼吸器組織に分布するシアル酸の性状を報告した。本年度、更に、1918年に流行したインフルエンザウイルス(スペイン風邪)の生物学的性状の特徴づけを行い、病原性の獲得機構を解明した。また、ウイルスRNA合成酵素(RNAポリメラーゼ)における点変異の、ヒト細胞での増殖における生物学的意義、同変異に感受性を示す哺乳動物を用いた生物学的意義付けを行った。つまり、この変異はヒトを含む感受性細胞においてウイルスポリメラーゼ活性を上昇させ、ウイルスポリメラーゼ活性の上昇は感染個体内での一次増殖部位におけるウイルス粒子生産量を増加させる。一次増殖部位におけるウイルス粒子生産量の増加は他の感受性組織への二次的な播種の効率を増加させることが判明した。私達の研究成果はいずれも、今後の鳥インフルエンザウイルスの病理発生機序解明の主軸となる結果を提示している。