著者
有田 和臣
出版者
佛教大学
雑誌
京都語文 (ISSN:13424254)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.211-244, 2012-11-24

『千と千尋の神隠し』は、十歳の少女千尋が引っ越し先の町の森の中で、異界に迷い込みまた生還する、異界往還の物語である。しかしその異界は、戦後日本の経てきた歴史的社会状況を濃厚に映し込んでおり、とりわけ日本の高度成長期からポスト・バブル期にかけての生活空間に根差している。この物語は千尋が過去の歴史をひとわたり旅する、神話の英雄譚の構成をとっており、その旅程に即して千尋が過去を象徴的に経験していく物語だと言える。この旅における千尋の経験の内実を検討する。
著者
有田 和臣
出版者
佛教大学国語国文学会
雑誌
京都語文 (ISSN:13424254)
巻号頁・発行日
no.24, pp.166-184, 2016-12-20

前稿で、物語の舞台となった地域に存在した歴史的な対立関係が、「権狐」(「ごん狐」)の物語成立と密接な関係にあったと考えられる事実を指摘した。今回はさらに、この物語世界で重要な鍵を握ると思われる人物、茂助(「ごん狐」では茂平)の様態を検討する。この物語を語り手の「私」に語り聞かせたのが茂助であり、彼の周辺には多くの謎がある。なぜ彼が物語の発信源なのか。なぜ彼が語った話を「私」が読者に伝える、という伝聞構造をとるのか。茂助自身は誰からこの物語を伝聞したのか。物語を語るまでに彼はどのような生活をしてきたのか。これらへの解答を求めつつ本稿では、茂助がこの物語の単なる仲介者ではなく、いかに物語の中核にかかわる存在であるかを検証する。
著者
有田 和臣
出版者
佛教大学国語国文学会
雑誌
京都語文 (ISSN:13424254)
巻号頁・発行日
no.22, pp.164-187, 2015-11-28

前稿に続き、新美南吉の元原稿と思われる「権狐」成立の背景として、南吉の生家のある岩滑を中心とする地区に存在した水利・治水争いを検証する。「権狐」の物語世界が成立するまでの前史として、幕末より延々と続く、泥仕合の連続といってもよいような紛議の歴史があった。その歴史が「権狐」の世界観に連続し、映し込まれていると考えられる。その事実を踏まえて読めば、「権狐」の事件設定や無駄と思われるような記述が、この地方の歴史を担った色彩を帯びていること、言い換えれば岩滑の歴史へのメッセージ性を秘めていることを読み取ることができるだろう。
著者
有田 和臣
出版者
佛教大学文学部
雑誌
文学部論集 (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
no.91, pp.1-12, 2007-03

小林秀雄が生命主義思潮の影響下にあった痕跡は、文壇デビュー前後の初期の小林の文章から比較的容易に探すことができる。生命主義のキーワードである「生命」を、文壇デビュー以前の小重量林秀雄もしばしば使用している。そしてその「生命」という用語は、初期小林の批評のキーワードである「宿命」と深く結びついた形であらわれる。一九世紀末から二〇世紀にかげての西欧に登場したのが「生の哲学」だった。「合理的な知的認識」への否定的姿勢、「非合理的な直観や心情的体験」の称揚、「人間の生」の「全的な」把握への希求は、初期小林秀雄および小林の生命主義的な批評思想形成に影響を与えた和辻哲郎『ニイチェ研究』にも顕著に見られる特質だった。しかし日本の「生命主義(Vitalism)あるいは「大正生命主義」(Taisho-Vitalism)は、和辻、小林らが関与したかぎりでは、「生の哲学」(philosophy of life)と同じ根から発しながらも、それとは微妙に異なる力点をもっている。神秘主義と融合した側面が強い点もあげられようが、とりわけ人格主義と結びつき、人格陶冶の方法論としての利用価値に力点がおかれた点に特徴があった。こうした状況が初期小林秀雄の文章に与えた影響を検討する。小林秀雄大正生命主義生の哲学人格主義和辻哲郎とニーチェ思想