著者
李 東宣
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2018-04-25

今年度も引き続きオックスフォード大学にて研究を続けられたことで、問題関心がより明確になり、博士論文を具体的に構想する段階に至ることができた。博士論文では、トマス・バーロウというアングリカン聖職者を中心に、一七世紀半ばにおけるさまざまな論争の思想的基盤を明らかにする。イングランド一七世紀半ばの内戦期・空位期は、従来の君主制と国教会体制が崩壊した中、政治権力の本質とその限界という論点が最も顕著に浮上し、また宗教論争が最も根本的な次元で繰り広げられた時期である。この時期のアングリカン思想は、そもそも歴史的な分析が行き届いておらず、数少ない先行研究の中では反/非政治的に描かれてきた。しかしバーロウの一連の著作は、これまで専ら神学の観点から分析されてきたものも含め、実は宗教と政治の境界線を緻密に論じており、アングリカンという立場を維持しつつ共和政の権威を一定程度受け入れている。このようなバーロウの思想とそれを取り巻く知的潮流をたどることで、これまで明らかにされなかったアングリカン思想の一側面に光を当て、従来の政治思想の枠組みで宗教を語るのではなく、宗教内在的な議論から政治思想を語ることを博士論文では目指す。当初計画した王権論研究とは一見距離があるが、近世ブリテンにおける宗教と政治を分かつ境界線の論争性と、一見「宗教」的な議論の中に潜む政治性という点では一貫しており、かつ最新の研究を踏まえた着眼点という面でより大きな学術的貢献が期待できる。