著者
乾 亮介 森 清子 中島 敏貴 李 華良 西守 隆 田平 一行
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Db1217, 2012 (Released:2012-08-10)

【目的】 摂食・嚥下機能障害患者に対してのリハビリテーションにおいて理学療法は一般的に嚥下に関わる舌骨上筋群の強化や姿勢管理などを担当する。嚥下は頸部の角度や姿勢からの影響を受けることが指摘されており、顎引き姿勢(chin-down)は誤嚥予防に有効であると報告があるが、その効果については不明確である。また頸部角度を変えて嚥下筋の活動を記録した報告はない。その他に嚥下筋に影響を与える要因として、古川は加齢により喉頭位置が下降することで嚥下機能が変化するとしており、これにより嚥下時に必要な喉頭挙上距離は増大し、喉頭が移動するのに必要な所要時間も増加すると報告している。また吉田が開発した喉頭位置の指標において,高齢者や慢性期の脳血管障害患者は舌骨下筋の短縮が喉頭位置を下降させると報告しているがこの舌骨上・下筋群の筋短縮の有無が嚥下に与える影響についても詳細に検討された報告はないのが現状である。そこで今回は頚部角度と舌骨上・下筋群の伸張性が嚥下運動に与える影響について嚥下困難感の指標と表面筋電図を用いて検討したので報告する。【方法】 対象者は健常男性19名(年齢32.5±6.4歳)。端座位姿勢で頸部正中位、屈曲(20°,40°)、伸展(20°,40°)の5条件で5ccの水を嚥下させた。表面筋電図は嚥下筋の舌骨上筋として頸部左側のオトガイ舌骨筋、舌骨下筋として左側の胸骨舌骨筋で記録した。取り込んだ信号は全波整流したのちLow-passフィルター(5Hz)処理を行い、その基線の平均振幅+2SD以上になった波形の最初の点を筋活動開始点、最後の点を筋活動終了点とし、嚥下時の筋活動持続時間(以下持続時間)を計測した。嚥下困難感については表(0=嚥下しにくい 10=嚥下しやすい)を用いて評価した。舌骨上下筋群の伸張性についてはテープメジャーを用いて下顎底全前面中央部から甲状切痕部(舌骨上筋)、甲状切痕部から胸骨上縁正中部(舌骨下筋)の距離を頚部伸展位、正中位でそれぞれ測定し、伸展位と正中位との差を伸張性の指標とした。解析は頚部角度における各筋の持続時間・嚥下困難感について反復測定分散分析を用い多重比較はBonferroni/Dunn法を使用した。舌骨上・下筋群の伸張性と各頚部角度における嚥下困難感、嚥下持続時間との関係についてはそれぞれピアソンの積率相関分析を行い、有意水準はいずれも5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は畿央大学研究倫理委員会の承認を得た(承認番号H22-25)。また、対象となる被験者すべてに書面にて研究の説明を行い、同意書の署名を頂いた後に実施した。【結果】 持続時間について舌骨上筋で伸展40°、20°が他の角度と比較して有意に延長した(p<0.05)。舌骨下筋は屈曲40°、20°と比較して伸展40°において持続時間が有意に延長した(p<0.05)。嚥下困難感は正中位、伸展20°と伸展40°間に有意差を認め(p<0.05)、伸展40°が最も嚥下困難感が強かった。舌骨上筋の伸張性においては正中位での舌骨上筋の持続時間のみに負の相関(r=-0.45)が認められたが、有意差(p=0.058)は認めなかった。その他の各頚部角度における持続時間、嚥下困難感と舌骨上・下筋の伸張性との間については有意な相関は認めなかった。【考察】 頚部伸展20°、40°で嚥下持続時間が延長した要因については喉頭の移動距離が増大したため持続時間が延長したことが考えられる。また、伸展40°では嚥下の持続時間が延長したことから嚥下時無呼吸時間が増大し、嚥下困難感が増強したと考えられる。舌骨上・下筋群の伸張性と各角度における嚥下困難感や持続時間の関係については有意差を認めなかったことから、健常若年者では舌骨上・下筋群の伸張性は嚥下運動に影響を与えないと思われた。今後は高齢者や脳血管障害患者、誤嚥性肺炎患者など嚥下機能の低下のある者を対象にした研究計画にてさらなる検証が必要であると考える。【理学療法学研究としての意義】 過度な頚部伸展位は健常者においても嚥下が困難であることから嚥下機能障害で頚部屈曲可動域が制限されるような症例においては頚部屈伸可動域の評価や介入の重要性が示唆された。しかし、舌骨上下筋群の伸張性と嚥下の持続時間や嚥下困難感には有意差を認めず、臨床において嚥下機能障害のある患者に対する舌骨上・下筋群のストレッチ等は嚥下機能を改善させるとはいえないことが示唆された。