著者
乾 亮介 森 清子 中島 敏貴 西守 隆 田平 一行
出版者
社団法人 日本理学療法士協会近畿ブロック
雑誌
近畿理学療法学術大会 第51回近畿理学療法学術大会
巻号頁・発行日
pp.19, 2011 (Released:2011-10-12)

【目的】摂食・嚥下機能障害患者に対してのリハビリテーションにおいて理学療法は一般的に嚥下に関わる舌骨上筋群の強化や姿勢管理などを担当する。嚥下筋は頸部の角度や脊柱を介して姿勢アライメント等から影響を受けることが指摘されており、頸部のポジショニングにおいていわゆる顎引き姿勢(chin-down)や頸部回旋による誤嚥予防や嚥下量の増大などの口腔咽頭の解剖学的変化による有効性については緒家らの報告がある。しかしいずれも体位や、嚥下する物性を変えた研究が殆どであり、頸部角度に注目した報告は少ない。そこで今回は頸部角度の違いが嚥下時の舌骨上下筋群及び頸部筋の筋活動に与える影響について検討した。【方法】対象者は口腔・咽頭系及び顎の形態と機能に問題がなく、頚椎疾患を有さない健常男性5名(年齢29.8±4.4歳)とした。被験者の口腔にシリンジにて5ccの水を注いだ後、端座位姿勢で頸部正中位、屈曲40°、屈曲20°、伸展20°、伸展40°の各姿勢で検者の合図で水嚥下を指示した。この時飲み込むタイミングは被験者に任せ、検者は被験者の嚥下に伴う喉頭隆起の移動が終了したことを確認し、測定を終了した。また嚥下後に嚥下困難感をRating Scale(0=difficult to swallow 10=easy to swallow)で評価した。表面筋電図は嚥下筋として舌骨上筋、舌骨下筋を、頸部筋として胸鎖乳突筋で記録した。記録電極はメッツ社製ブルーセンサーを電極幅20mmで各筋に貼付し使用した。 筋電計はノラクソン社製Myosystem1200を用い、A/Dコンバータを介してサンプリング周期1msにてパーソナルコンピューターにデータ信号を取り込んだ。取り込んだ信号はソフトウェア(Myo Research XP Master Edition1.07.25)にて全波整流したのちLow-passフィルター(5Hz)処理を行い、その基線の平均振幅+2SD以上になった波形の最初の点を筋活動開始点、最後の点を筋活動終了点とし、嚥下時の各筋のタイミング及び筋活動持続時間(以下持続時間)と筋積分値を求めた。解析方法は持続時間と筋積分値の頸部位置における比較は反復測定分散分析を用い、多重比較はTukey-Kramer法を用いた。またRating Scaleと頸部位置における関係についてはFriedmanの検定を用い、有意水準はいずれも5%未満とした。【説明と同意】全ての被験者に対して研究依頼を書面にて行い、本人より同意書を得た後に実施した。【結果】舌骨上筋では屈曲40°、20°、と比較して伸展40°で有意に持続時間、筋積分値は高値を示したが(p<0.05)、が舌骨下筋、胸鎖乳突筋では有意差を認めなかった。またRating Scaleにおいては頸部角度により有意差(p<0.05)を認め、頸部が伸展位になるほど嚥下困難感が増強する傾向がみられた。【考察】嚥下における表面筋電図測定については各筋の持続時間が評価の指標として有用であるとVimanらが報告しており、加齢とともに嚥下時の持続時間は延長するとしている。またSakumaらの報告では嚥下時の舌骨上筋と舌骨下筋の持続時間と嚥下困難感(Rating Scale)には有意な負の相関があると報告しており、嚥下筋の持続時間の延長は嚥下困難の指標になると考えられている。従来、頸部伸展位は咽頭と気管が直線になり解剖学的位置関係により誤嚥しやすくなると言われており嚥下には不利とされてきた。今回は筋活動において伸展40°で持続時間の延長を認め、自覚的にも嚥下が困難であった。また筋積分値においても有意に高値であったことは努力性の嚥下になっていることが考えられ、頸部伸展位は筋活動の点からも嚥下に不利であることが示唆された。このことより、摂食・嚥下機能障害患者に対して頸部屈曲・伸展の可動域評価及び介入が有用であると考えられた。【理学療法研究としての意義】頸部の屈曲・伸展の位置により嚥下時の筋活動は影響を受けることから摂食・嚥下機能障害のある患者において 頸部可動域評価及び介入の有用性が示唆された。
著者
乾 亮介 森 清子 中島 敏貴 李 華良 西守 隆 田平 一行
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Db1217, 2012 (Released:2012-08-10)

【目的】 摂食・嚥下機能障害患者に対してのリハビリテーションにおいて理学療法は一般的に嚥下に関わる舌骨上筋群の強化や姿勢管理などを担当する。嚥下は頸部の角度や姿勢からの影響を受けることが指摘されており、顎引き姿勢(chin-down)は誤嚥予防に有効であると報告があるが、その効果については不明確である。また頸部角度を変えて嚥下筋の活動を記録した報告はない。その他に嚥下筋に影響を与える要因として、古川は加齢により喉頭位置が下降することで嚥下機能が変化するとしており、これにより嚥下時に必要な喉頭挙上距離は増大し、喉頭が移動するのに必要な所要時間も増加すると報告している。また吉田が開発した喉頭位置の指標において,高齢者や慢性期の脳血管障害患者は舌骨下筋の短縮が喉頭位置を下降させると報告しているがこの舌骨上・下筋群の筋短縮の有無が嚥下に与える影響についても詳細に検討された報告はないのが現状である。そこで今回は頚部角度と舌骨上・下筋群の伸張性が嚥下運動に与える影響について嚥下困難感の指標と表面筋電図を用いて検討したので報告する。【方法】 対象者は健常男性19名(年齢32.5±6.4歳)。端座位姿勢で頸部正中位、屈曲(20°,40°)、伸展(20°,40°)の5条件で5ccの水を嚥下させた。表面筋電図は嚥下筋の舌骨上筋として頸部左側のオトガイ舌骨筋、舌骨下筋として左側の胸骨舌骨筋で記録した。取り込んだ信号は全波整流したのちLow-passフィルター(5Hz)処理を行い、その基線の平均振幅+2SD以上になった波形の最初の点を筋活動開始点、最後の点を筋活動終了点とし、嚥下時の筋活動持続時間(以下持続時間)を計測した。嚥下困難感については表(0=嚥下しにくい 10=嚥下しやすい)を用いて評価した。舌骨上下筋群の伸張性についてはテープメジャーを用いて下顎底全前面中央部から甲状切痕部(舌骨上筋)、甲状切痕部から胸骨上縁正中部(舌骨下筋)の距離を頚部伸展位、正中位でそれぞれ測定し、伸展位と正中位との差を伸張性の指標とした。解析は頚部角度における各筋の持続時間・嚥下困難感について反復測定分散分析を用い多重比較はBonferroni/Dunn法を使用した。舌骨上・下筋群の伸張性と各頚部角度における嚥下困難感、嚥下持続時間との関係についてはそれぞれピアソンの積率相関分析を行い、有意水準はいずれも5%未満とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は畿央大学研究倫理委員会の承認を得た(承認番号H22-25)。また、対象となる被験者すべてに書面にて研究の説明を行い、同意書の署名を頂いた後に実施した。【結果】 持続時間について舌骨上筋で伸展40°、20°が他の角度と比較して有意に延長した(p<0.05)。舌骨下筋は屈曲40°、20°と比較して伸展40°において持続時間が有意に延長した(p<0.05)。嚥下困難感は正中位、伸展20°と伸展40°間に有意差を認め(p<0.05)、伸展40°が最も嚥下困難感が強かった。舌骨上筋の伸張性においては正中位での舌骨上筋の持続時間のみに負の相関(r=-0.45)が認められたが、有意差(p=0.058)は認めなかった。その他の各頚部角度における持続時間、嚥下困難感と舌骨上・下筋の伸張性との間については有意な相関は認めなかった。【考察】 頚部伸展20°、40°で嚥下持続時間が延長した要因については喉頭の移動距離が増大したため持続時間が延長したことが考えられる。また、伸展40°では嚥下の持続時間が延長したことから嚥下時無呼吸時間が増大し、嚥下困難感が増強したと考えられる。舌骨上・下筋群の伸張性と各角度における嚥下困難感や持続時間の関係については有意差を認めなかったことから、健常若年者では舌骨上・下筋群の伸張性は嚥下運動に影響を与えないと思われた。今後は高齢者や脳血管障害患者、誤嚥性肺炎患者など嚥下機能の低下のある者を対象にした研究計画にてさらなる検証が必要であると考える。【理学療法学研究としての意義】 過度な頚部伸展位は健常者においても嚥下が困難であることから嚥下機能障害で頚部屈曲可動域が制限されるような症例においては頚部屈伸可動域の評価や介入の重要性が示唆された。しかし、舌骨上下筋群の伸張性と嚥下の持続時間や嚥下困難感には有意差を認めず、臨床において嚥下機能障害のある患者に対する舌骨上・下筋群のストレッチ等は嚥下機能を改善させるとはいえないことが示唆された。
著者
乾 亮介 福島 隆久 斎藤 弦 森 里美 出井 智子 森 貴大 原田 美友紀 森 清子 中島 敏貴
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0792, 2015 (Released:2015-04-30)

【はじめに,目的】近年日本では高齢化がすすみ,理学療法の対象患者の中には腰椎後彎変形を呈するものが少なくない。胸腰椎後彎変形は呼吸機能低下や体幹の伸展制限といった機能障害を引き起こし,日常生活能力(ADL)を低下させると報告されている。これら胸腰椎後彎変形の治療において整形外科的な手術による報告はあるが理学療法による報告はみられない。本研究の目的は胸腰椎後彎変形を呈する患者に対して腹部周囲筋である外腹斜筋,内腹斜筋ストレッチを実施し,その効果を検証することである。【方法】急性期病院入院中に理学療法依頼のあった患者で胸腰椎後彎変形によりADLが低下していると考えられた13名(85.5±6.8歳,男性:6名 女性:7名)を対象とした。疾患は誤嚥性肺炎6名,人工膝関節置換術3名,脳梗塞1名,腱板断裂の術後1名,出血性膀胱炎1名,肝性脳症1名であった。Minimal Mental State Examination(MMSE)の平均は17.9±8.0と多くの患者において認知機能の低下を認めた。患者には椅子座位が可能になった時点で,両足足底接地,膝関節,股関節90°になるようにして端座位となり,できる限り体幹を伸展した状態で正面を直視してもらうよう指示した。その後,自在曲線定規を患者の脊柱にあて,患者の脊柱の彎曲変形を定規に形状記憶させた後,彎曲を形状記憶した定規ですぐに紙面上にトレースし,Milneらの方法に従い,円背指数を求めた。計測後以降は各疾患別の標準的な理学療法に加え,週5回の頻度で約10分間Ylinenの方法に従い側臥位にて左右の外腹斜筋,内腹斜筋のストレッチを施行し,約4週後,同様の方法で再度円背指数を求めた。統計処理は介入前後の円背指数に対して対応のあるt検定を用い,Functional Independence Major(FIM)の運動項目についてはWilcoxon符号付順位検定を用いた。有意水準は5%未満とした。【結果】円背指数は介入前の17.4±5.1に対して,介入後15.5±4.7と有意に減少し(p<0.01),ADLではFIMの運動項目において介入前35.3±26.6に対し45.3±28.0と有意な改善を認めた(p<0.01)。【考察】外腹斜筋,内腹斜筋は肋骨から起こり,骨盤に付着し,体幹を屈曲させる作用がある。高齢者は習慣的な姿勢や脊柱起立筋群の低下により,これらの筋群を伸張する機会が少なくなり,結果として脊柱の器質的変化に加えて胸腰椎後彎変形を増悪させていると考える。そのため高齢者への外腹斜筋,内腹斜筋ストレッチは脊柱の器質的な変形等には影響を与えなくても,それらを増悪させる因子である体幹屈曲作用のある筋群の伸長により,骨盤の後傾や体幹の屈曲モーメントを軽減させ,より脊柱起立筋群の筋力発揮をしやすくすることで体幹伸展がしやすくなったと考える。そして各患者に残存している脊柱の可動範囲内で脊柱後彎変形を軽減させたと考える。【理学療法学研究としての意義】外腹斜筋,内腹斜筋を中心とした腹部周囲筋ストレッチにより胸腰椎後彎変形を軽減できる可能性が示唆された。腰椎後彎変形が要因となって下肢の可動性や筋力低下,或は呼吸機能の低下によりADLが低下している高齢患者は多く存在し,これからもさらに増えていくと予想される。従来,高齢患者の腰椎後彎変形の改善は困難であると考えられていたが,症例によっては改善できる可能性があり,胸腰椎後彎変形が原因でADL制限をきたしている患者にはその評価と介入の重要性が示唆された。また,今回の検証において疾患や男女差なく改善を認めたことより,今後検討を重ねることにより,高齢に伴う胸腰椎後彎変形に対する予防法を考案できる可能性があると考えられる。