著者
河野 吉久 松村 秀幸 小林 卓也
出版者
Japan Society for Atmospheric Environment
雑誌
大気汚染学会誌 (ISSN:03867064)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.206-219, 1994-07-10 (Released:2011-11-08)
参考文献数
18
被引用文献数
3

人工酸性雨の長期暴露実験を行うため, ミスト型降雨装置に代わる半自動走行式の雨滴落下型人工降雨装置を開発・製作した。本装置は, 直径約1mmの雨滴を発生し, 有効降雨面に対して1時間当たり2.5mmの降雨強度で運転が可能である。また, 降雨量の分布や繰り返し精度は10%以下であった。この降雨装置を用いて, 1991年から1993年の3年間に合計46種類の樹木を対象に人工酸性雨の暴露実験を行った。用いた人工酸性雨の組成は, 硫酸, 硝酸, 塩酸イオンの当量濃度比が5: 2: 3となるように, これら3種の酸を脱イオン水に混合して人工酸性雨原液を調製した。人工酸性雨原液を, 脱イオン水で容量希釈して, 人工酸性雨 (SAR) とした。SARの設定pHは, 5.6 (対照区), 4.0, 3.5, 2.5, および2.0であった。なお, SARは, 1週間に20mm (2.5mm×8hr) を3回の割合で暴露した。SARのpHが2.0の場合には, 供試したすべての樹種の葉に壊死斑点などの可視害が発現した。11種類の針葉樹の中では落葉性のカラマツだけがpH2.5以下で落葉したことから, 針葉樹の中ではカラマツが最も感受性であると考えられた。しかし, pH3.0以上のSARを3あるいは4ケ月間暴露しても針葉樹には可視害の発現は観察されなかった。SARのpHが3.0では, 常緑広葉樹14種のうち7種, 落葉広葉樹21種のうち14種に可視害が発現した。また, 落葉広葉樹の7種は, pH2.0の暴露終了時点でほとんど落葉し, 3種は枯死した。しかし, 常緑広葉樹の場合には, pH2.0でも全葉が落葉したり枯死した樹種はなかった。サクラ属のソメイヨシノやアンズは, pH3.0のSAR暴露によって, 早期落葉や壊死斑点部分が穿孔状態となった。しかし, 供試した46種には, pH4.0のSARを3あるいは4ケ月間暴露しても可視害の発現は観察されなかった。これらの可視害発現状況を指標にした場合, 広葉樹よりも針葉樹の方が酸性雨に対して相対的に耐性であった。また, 広葉樹の中では, 常緑広葉樹よりも落葉広葉樹の方が相対的に感受性であると考えられた。
著者
松村 秀幸 小林 卓也 河野 吉久
出版者
公益社団法人大気環境学会
雑誌
大気環境学会誌 (ISSN:13414178)
巻号頁・発行日
vol.33, no.1, pp.16-35, 1998-01-10
参考文献数
92
被引用文献数
10

針葉樹のスギとウラジロモミおよび落葉広葉樹のシラカンバとケヤキの苗木に, 4段階の濃度のオゾンと2段階のpHの人工酸性雨を複合で20週間にわたって暴露した。オゾンの暴露は, 自然光型環境制御ガラス室内において, 1991および1992年に観測した野外オゾン濃度の平均日パターンを基準(1.0倍)とした0.4,1.0,2.0および3.0倍の4段階の濃度で毎日行った。オゾン濃度の日中12時間値(日最高1時間値)の暴露期間中平均値は, それぞれ18(29), 37(56), 67(101)および98(149)ppbであった。人工酸性雨の暴露は, 開放型ガラス室内において, 夕方から, pH3.0の人工酸性雨(SO_4^<2-> : NO_3^<3-> : Cr=5 : 2 : 3,当量比)および純水(pH5.6)を, 1週間に3回の割合で, 1時間あたり2.0〜2.5mmの降雨強度で1回8〜10時間行った。シラカンバとケヤキでは, 2.0倍および3.0倍オゾン区において白色斑点や黄色化などの可視障害が発現し, 早期落葉も観察された。ケヤキでは, pH3.0の人工酸性雨区においても可視障害が発現したが, シラカンバでは人工酸性雨による可視障害は全く認められなかった。スギとウラジロモミでは, オゾンあるいは人工酸性雨の暴露による葉の可視障害は全く認められなかった。最終サンプリングにおけるスギ, シラカンバおよびケヤキでは, 葉, 幹, 根の各器官および個体の乾重量はオゾンレベルの上昇に伴って減少した。ウラジロモミでは, 根乾重量がオゾンレベルの上昇に伴って減少した。一方, pH3.0区におけるウラジロモミおよびケヤキの葉および個体の乾重量はpH5.6区に比べて減少した。また, スギ, シラカンバおよびケヤキの純光合成速度はオゾンレベルの上昇に伴って減少した。シラカンバおよびケヤキでは, 葉内CO_2濃度-光合成曲線の初期勾配である炭酸固定効率もオゾンレベルの上昇に伴って低下した。ウラジロモミではオゾン暴露によって暗呼吸速度が増加した。さらに, pH3.0区におけるウラジロモミおよびケヤキの暗呼吸速度もpH5.6区に比べて減少した。オゾンと人工酸性雨の交互作用は, 供試したいずれの4樹種の地上部と根の乾重量比(T/R)において認められ, オゾンレベルの上昇に伴うT/Rの上昇の程度がpH5.6区に比べてpH3.0区において高かった。
著者
伊豆田 猛 松村 秀幸 河野 吉久 清水 英幸
出版者
Japan Society for Atmospheric Environment
雑誌
大気環境学会誌 (ISSN:13414178)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.60-77, 2001-03-10 (Released:2011-12-05)
参考文献数
169
被引用文献数
7

世界各地で森林衰退が観察されており, 様々な原因仮説が出されているが, オゾン (03) などのガス状大気汚染物質は有力視されている。森林を構成している樹木に対するオゾンの影響に関する実験的研究の結果に基づくと, 森林地帯で実際に観測されている濃度レベルのオゾンによって, 欧米の樹種の成長や光合成などの生理機能が低下する。一方, 我が国の森林樹種に対するオゾンの影響に関する実験的研究は現在のところ限られているが, ブナやケヤキのような比較的感受性がい樹種では, 我が国の森林地帯で観測されている濃度レベルのオゾンによって乾物成長や純光合成速度が低下する。欧米においては, 実験的研究や現地調査の結果に基づいて, 森林生態系を保護するためのオゾンのクリティカルレベルを評価している。これに対して, 我が国の森林生態系に対するオゾンのクリティカルレベルを評価するために必要な情報は不足している。したがって, 我が国における森林衰退の原因を明らかにし, 森林生態系におけるオゾンのクリティカルレベルを評価するためには, 今後も様々な樹種を用いたオゾン暴露実験が必要である。
著者
伊豆田 猛 松村 秀幸 河野 吉久 清水 英幸
出版者
公益社団法人大気環境学会
雑誌
大気環境学会誌 (ISSN:13414178)
巻号頁・発行日
vol.36, no.3, pp.137-155, 2001-05-10
被引用文献数
12

世界各地で森林衰退が観察されており, 様々な原因仮説が出されているが, 酸性降下物はオゾン(O_3)と共に注目されている。したがって, すでに衰退している, または, 今後衰退する可能性がある樹種に対する酸性降下物の影響やそのメカニズムなどを実験的に調べる必要がある。これまでに欧米や我が国で行われた実験的研究の結果に基づくと, pH4.0以上の人工酸性雨や酸性ミストを数カ月から数年にわたって樹木に処理しても, 著しい成長低下や可視障害は発現しない。しかしながら, 酸性雨に対する感受性が比較的高いモミなどの樹種では, その成長がpH4.0以下の酸性雨によって低下する可能性がある。樹木に対する土壌酸性化の影響に関する実験的研究で得られた知見に基づくと, (1)酸性土壌で生育している樹木の成長, 生理機能および栄養状態を制限する最も重要な要因は, 土壌溶液中に溶出したAlであること, (2)土壌溶液中の (Ca+Mg+K)/Alモル比は, 樹木に対する酸性降下物による土壌酸性化の影響を評価・予測する際のひとつの有用な指標であること, (3)スギやアカマツは, ノルウェースプルースに比べると, 土壌溶液中の (Ca+Mg+K)/Alモル比の低下に敏感であることが考えられる。欧米では, 実験的研究や現地調査の結果に基づいて, 森林生態系を保護するための酸性降下物のクリティカルロードが評価されている。日本と欧米の土壌の特性はかなり異なり, さらに酸性雨, 酸性霧, 土壌酸性化および土壌窒素過剰などの環境ストレスに対する感受性に樹種間差異が存在することが実験的研究から明らかになっている。したがって, 我が国における森林衰退の原因を明らかにし, 森林生態系における酸性降下物のクリティカルロードを評価するためには, 様々な樹種に対する酸性降下物の影響に関する実験的研究が必要である。
著者
河野 吉久 松村 秀幸
出版者
公益社団法人大気環境学会
雑誌
大気環境学会誌 (ISSN:13414178)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.74-85, 1999-03-10
被引用文献数
7

都市周辺域におけるスギ衰退の実態調査から, その原因として光化学オキシダントの関与が指摘されている。このため, スギ(Cryptomeria japonica), ヒノキ(Chamaecyparis obtusa), サワラ(Chamaecyparis pisifera)の3年生実生苗に2段階(pH5.6とpH3.0)の人工酸性雨(SAR)と4段階(0,60,120,180ppb)のオゾンを暴露して, 生長に及ぼす両者の複合影響について検討した。実験は自然光型の暴露チャンバーを用いて実施した。pH5.6の純水(脱イオン水)を対照にして, 硫酸 : 硝酸 : 塩酸(当量濃度比で5 : 2 : 3)を含むpH3.0のSARを, 23ヶ月間で4300mm暴露した。オゾンの暴露は, 浄化空気にオゾンを添加し, 毎日09 : 00〜15 : 00の間に所定の濃度(一定)で暴露を行い, 16 : 00〜08 : 00は無暴露とした。ヒノキとサワラはオゾン暴露区において旧葉の黄化と早期落葉が観察されたが, スギでは23ヶ月間のオゾン暴露でも可視害は観察されなかった。一方, いずれの樹種においても, SAR暴露による可視害の発現は観察されなかった。pH3.0のSARとオゾンを暴露した区画において, 樹高と根元直径がpH5.6の区画よりも大きくなる傾向にあった。pH5.6のSARを暴露した区画よりもpH3.0を暴露した区画の方が個体の乾物重量は多かったが, オゾンの暴露は個体の乾物重量に影響を与えなかった。しかし, 高濃度オゾンを暴露した区画の葉の重量は浄化空気を暴露した場合よりも有意に多く, 一方, 高濃度オゾン暴露区の根の乾物重量は減少した。したがって, オゾン濃度の増加とともに地上部/根の乾物重量比が上昇し, pH3.0のSARを暴露した場合に, この比の上昇が加速される傾向にあった。これらの結果は, 高濃度オゾンの暴露によって同化産物の分配が阻害されるとともに, 降雨の酸性度の増加, おそらく硝酸負荷量の増加が同化産物の分配の阻害を加速する可能性を示唆している。このような地上部/根の乾物重量のバランス変化は, 乾燥ストレス感受性の増加につながると考えられる。スギはヒノキに比較して水ストレス感受性であることから, 都市周辺域のスギの衰退原因は, 高濃度オゾンと窒素化合物の負荷量の増大が複合的に原因している可能性が考えられた。なお, オゾンの長期慢性影響を評価する場合には, 個体の乾物重量の変化よりも分配率の変化を指標とした方が良いと考えられた。