著者
堀野 洋 森 信彦 松木 明好 鎌田 理之 平岡 浩一
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48101509, 2013

【はじめに、目的】眼球運動時に安静にある第一背側骨間筋、小指外転筋、橈側主根伸筋の運動誘発電位(MEP)振幅が減少することが報告されている(Maioli et al. 2007)が、目と手の協調を必要とする眼球・腕運動同時実施時に眼球運動が上肢筋支配の皮質脊髄下降路に及ぼす影響は明らかでない。本研究では目と手の協調を必要とする眼球・腕同時の標的運動時に眼球運動が上腕二頭筋・三頭筋支配皮質脊髄下降路興奮性に及ぼす影響を検証した。【方法】健常成人11 名(23-35 歳)に椅子座位をとらせ、右肘関節を屈伸できるペンデュラムに右上肢を乗せた。ペンデュラム前腕部に前腕運動を壁面に投影するレーザーポインターを設置し、頭部固定装置で頭部を固定した。右上腕二頭筋と右上腕三頭筋に記録用表面電極(EMG)を取り付けた。角膜反射光法による眼球運動計測装置を取り付けた。被験者の1m前方の壁の正中線上に開始位置マークと、その20°左側に終了位置マークを設置した。開始位置マークにレーザービームを合わせて右肘関節屈曲35°の開始肢位を取らせ、警告音の1000ms後の開始音を合図に右肘関節屈曲55°の位置にある終了位置マークにレーザービームを一致させる課題を行わせた。眼球運動は、開始音(500Hz)を合図にレーザービームを眼球で追従させる条件(円滑追従眼球運動;SP)、開始音(143Hz)を合図に開始位置マークを凝視させる条件(眼球静止;EM)、開始音(84Hz)を合図に視線を終了位置マークに急速に移動させる条件(衝動性眼球運動;S)の3 条件とした。double cone coilを使用し、運動閾値の1 倍で上腕二頭筋hotspotに経頭蓋磁気刺激(TMS)を行った。TMSのタイミングは、右肘関節屈曲運動前の開始音時、開始音後200 ms、腕運動初期相・中間相・最終相)で実施した。【倫理的配慮、説明と同意】実験は大阪府立大学研究倫理委員会の承認を得て実施した。被験者には実験の目的・方法及び予想される不利益を説明し同意を得た。【結果】眼球運動のreaction time(RT)は各条件において有意差を認めなかった。上腕二頭筋EMGのRTはS条件において他の条件に対して有意に延長した。SP・S条件において眼球運動RTと上腕二頭筋EMGのRTの間で有意な相関を認めた。肘関節運動時間はSP条件において他の条件に対して有意に延長した。上腕二頭筋のbackground EMG振幅は初期相においてSP条件で他の条件と比較して有意に低下したが、それ以外の相では3 条件間で有意差を認めなかった。上腕二頭筋・上腕三頭筋のMEP振幅は3 条件間で有意差を認めなかった。開始音後200msの上腕二頭筋・上腕三頭筋の上腕二頭筋・上腕三頭筋のbackground EMG振幅は3 条件間で有意差を認めなかった。開始音後200msの上腕二頭筋・上腕三頭筋のMEP振幅は3 条件間で有意差を認めなかった。【考察】円滑追従眼球運動・衝動性眼球運動における上腕二頭筋EMGのRTに対する有意な相関は、眼球運動と腕運動が同一運動制御中枢のトリガーにより開始されることを示唆した。円滑追従眼球運動条件における腕運動時間延長と上腕二頭筋BEMG振幅低下は、眼球で追える程度の腕運動速度に低下させるためにEMG活動が減少したためであると考えられた。一方、皮質脊髄下降路興奮性は運動開始前・運動開始中とも眼球運動条件間で有意差がなかった。特に運動開始前には固有感覚や視覚フィードバックが生じないので、この相におけるMEPは腕運動および眼球運動命令の影響を純粋に反映するものと考えられる。したがって、本研究の知見は、目と手の協調を必要とする標的運動時であっても、眼球運動命令は腕筋支配皮質脊髄下降路興奮性に影響を及ぼさないものと考えられた。安静状態にある前腕・手指筋のMEP振幅は円滑追従眼球運動時に減少するが、これは眼球運動によって一部共有する眼球運動中枢からの腕・指運動命令中枢が眼球運動時に運動命令を生じて安静にもかかわらず腕・指運動が生じることを予防するために生じていると考えられている(Maioli et al. 2007)。本研究でこのようなMEP振幅減少が確認されなかった理由は、腕運動を同時に遂行したため、運動発現予防のための上腕筋支配皮質脊髄下降路興奮性抑制の必要がなかったためと考えられた。【理学療法学研究としての意義】目と手を同時に標的へ動かした時の運動制御機能について明らかにすることにより、様々な日常生活動作に関する上肢のリーチング動作やポインティング動作への理学療法アプローチに資する知見である。
著者
上江田 勇介 松木 明好 澳 昴佑 森 信彦 野村 翔平 田中 宏明 奥野 浩司郎
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.43 Suppl. No.2 (第51回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0586, 2016 (Released:2016-04-28)

【はじめに,目的】Gaze Stabilization Exercises(GSE)は,立位で眼前のターゲットを注視しながら頭部運動を行い,眼球を頭部と逆方向,かつ同速度で動かす前庭眼反射を誘発するバランス練習である(Bhardwaj, et al., 2014)。このGSEによって,一側前庭機能障害によるバランス障害が改善する(Richard, et al., 2010)と報告されているが,前庭機能自体が改善することでバランスが改善しているのか,体性感覚や視覚の姿勢制御への貢献度が向上して改善するのかは明らかではない。そこで,GSE前後の立位重心動揺総軌跡長,および視覚,前庭覚,足底感覚の立位時感覚貢献度指数(Stephen, et al., 1994)を比較することで,GSEによって姿勢制御における前庭覚の機能に変化が生じるかを検討した。【方法】対象は健常成人12名(男性9名,女性3名,平均年齢22.5±1歳)とした。GSEは,立位にて1m先のターゲットを注視させたまま1Hzのビープ音に合わせて頭部を左右に回旋させる運動を1分3セット実施させる課題とした。頭頚部の左右回旋角度はターゲットを注視できる最大の角度とした。GSE前,直後,10分後(Pre,Post,Post10m)に,(A)開眼閉脚立位,(B)閉眼閉脚立位,(C)フォームラバー上で開眼閉脚立位,(D)フォームラバー上で閉眼閉脚立位の4条件の足圧中心移動総軌跡長を,各30秒ずつ記録した。前庭系機能の姿勢制御条件であるDの足圧中心移動総軌跡長を算出し,Pre,Post,Post10mで比較した。A,B,C,D時の足圧中心総軌跡長をそれぞれa,b,c,dとおき,X={(b-a)/b},Y={(c-a)/c},Z=a/dを算出し,視覚貢献度指数=X/(X+Y+X),足底感覚貢献度指数=Y/(X+Y+Z),前庭覚貢献度指数=Z/(X+Y+Z)を算出し,比較した。統計にはKruskal-Wallis検定,およびPre条件を対照群としてShirley-Williams検定を行った(α=0.05)。【結果】Pre,Post,Post10mにおける条件Dの足圧中心総軌跡長の中央値(第一四分位点)は130.8(114)cm,129.1(119.2)cm,120(110)cmであり,群間に有意差は認められなかった。Preに対するPost,Post10mの視覚貢献度指数は1.07(0.95),0.9(0.75),足底感覚貢献度指数は0.93(0.8),0.93(0.76),前庭覚貢献度は1.15(1.09),1.44(1.17)であった。Kruskal-Wallis検定の結果,前庭覚貢献度のみ群間に差を認め,Shirley-Williams検定によって,Preに対して,Post,Post10mが有意に高い数値であることが示された。【結論】前庭機能のバランス機能を観察するD条件の足圧中心軌跡長は群間で有意差を認めなかった。これは3分間のGSEは,前庭系の姿勢制御機能自体を有意に高めることはできないことを示す。しかし,各貢献度において,前庭覚のみが増加を示した。このことは,視覚,足底感覚,前庭覚の中で前庭覚の姿勢制御への寄与を一時的に高めることができる可能性を示唆した。この方法は,Sensory weightingの異常を有する高齢者や脳血管障害患者のバランス練習として有効かもしれない。