著者
樋澤 吉彦
出版者
名古屋市立大学大学院人間文化研究科
雑誌
名古屋市立大学大学院人間文化研究科人間文化研究 = Studies in humanities and cultures (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
no.32, pp.25-40, 2019-07

本稿は、2016(平成28)年7月26日未明、神奈川県相模原市にある障害者施設「津久井やまゆり園」において発生した障害者支援施設入所者等殺傷事件(「事件」)を契機とした精神保健医療福祉の動向に関する第一報及び二報に続く第三報(最終報)として、精神保健福祉分野のソーシャルワーカー(精神保健福祉士)の職能団体である日本精神保健福祉士協会(協会)による、「事件」を経て2017(平成29)年2月8日に公表され、同28日、第193回国会に上程され結果的には継続審議の後いったん廃案となった精神保健福祉法改正法案(29年改正法案)に至るまでに発出された11の見解・要望の詳解を行うことを目的としている。29年改正法案「当初」案までの協会の一貫したスタンスは、(1)29年改正法案は「事件」の「検証」の場でなく、2013(平成25)年の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律改正(25年改正法)第41条第1項及び附則第8条に基づき2016(平成28)年1月7日に設置された「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」(あり方検討会)において議論すべき、(2)「社会防衛」、「再発防止」のための措置入院制度改革には反対、という2点に収斂させることができるが、(1)については当該スタンスを明示している見解公表より前に再開されたあり方検討会の場に、「事件」の「検証」目的のために厚生労働省内に設けられた「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」により2016(平成28)年9月14日に公表された「中間とりまとめ~事件の検証を中心として~」(「中間とりまとめ」)が資料として配布されている。また(2)のスタンスは措置入院制度の中身ではなくそれの名目上の提案趣旨(目的)のみに対するものであることが、29年改正法案「当初」案の趣旨の削除とその直後の見解によって顕在化する。29年改正法案「当初」案の提案趣旨は、参議院厚生労働委員会の場において(同様の事象の)「再発防止」に関する箇所が法案の中身の実質的な修正はなされないまま厚労相の「お詫び」とともに突如削除された。しかし法案内容自体は修正されず、当該委員会は、そもそもの根拠(立法事実)の存否をめぐって混乱し、廃案に至ることとなる。協会は以上の顛末に比して趣旨の削除プロセスに肯定的評価を示している。協会の肯定的評価の姿勢の背景には、法案における排他的職能の要望が示唆される。29年改正法案は25年改正法の附則に基づくものであるということを名目にしながら、実際は「事件」を契機として措置入院制度に焦点化されている。協会が本来この時点で行わなければならないことは、中身はそのままで外装のみ「社会復帰(の促進)」という趣旨へと転換された29年改正法案の本質的な趣旨の剔出とその批判的検証でなければならない。しかし協会は、この検証を「単なる批判」として切り捨ててしまっている。このことは29年改正法案「当初」案における本質的な趣旨―すなわち「再発防止」―を逆に補強する可能性があると考える。
著者
樋澤 吉彦
雑誌
人間文化研究 = Studies in Humanities and Cultures (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
vol.34, pp.45-57, 2020-07-31

本稿は、日本精神保健福祉士協会(協会)より提案されている“Psychiatric Social Worker”(PSW)から“Mental Health Social worker”(MHSW)への名称変更の妥当性について、「社会福祉士」とは別建てで制度化した精神保健福祉士法(P法)制定時の根拠に焦点化したうえで、ごく基本的な事項の整理検討を行うことを目的としている。名称変更についてはむろん様々な意見があるものの、その契機として総じていえることはすなわちPSW の活動領域が「メンタルヘルス」領域全般に拡大しているという点である。この点は名称変更に対する是非とは別に概ね肯定的に了解されていた。この点をふまえたうえで、P法制定の経緯、及びその根拠について当時の厚生省の見解をもとに整理を行った。P法制定議論のなかで「求められていた人材」とはすなわち「医師、看護婦等の医療関係の有資格者」しかいない精神病院において「病棟を離れて病院内外を行き来するパイプ役として精神障害者の社会復帰を支える専門職種」、「精神障害者の社会復帰のために必要な医療的なケア以外の支援を行う人材」であった。またその「対象」は、「社会福祉士」との「住み分け」を意識されたうえでの、主に精神科病院に入院しているか、あるいは地域において生活しているかに関わらず「社会復帰の途上」(社会復帰を遂げていない)にある精神障害者であった。さらにその「業務の範囲」は、あくまで「社会復帰の途上」にある精神障害者が主として治療/支援を受けていることが想定される精神科病院、社会復帰施設、そして保健所等の行政機関が想定されていた。協会によるMHSW への名称変更の根拠の一つとして、精神保健福祉士の業務が「医療的支援」及び「メンタルヘルス課題をもつ国民」全般に対する領域にまで「拡大」してきている点があげられているが、当時の厚生省が明言しているように、少なくともP法制定時の議論ではメンタルヘルスは国家資格としての「精神保健福祉士」の活動領域としては想定されていなかった。その後、2010(平成22)年の障害者自立支援法改正の一つとしてP法改正がなされたが、本改正に至るP法改正検討会では精神保健福祉士の領域拡大がうたわれており、結果的に従来役割に「精神障害者の地域生活を支援する役割」が加えられる方向で改正が行われた。すなわち「社会福祉士」とは別建てで必要とされた精神保健福祉士は端的に「メンタルヘルス」領域における「ソーシャルワーカー」となったのである。P法制定時の経緯とともに「社会福祉士」との「住み分け」の課題を棚上げしたうえで、現時点におけるPSW の活動をそのまま表すのであれば、「MHSW」の略称は正しいという結論となる。
著者
樋澤 吉彦
出版者
新潟青陵大学
雑誌
新潟青陵大学紀要 (ISSN:13461737)
巻号頁・発行日
no.5, pp.77-90, 2005

本稿は,介入/制限の根拠原理の1つとされており,社会福祉や医療の現場においては一般的に忌避すべき概念とされている「パターナリズム」の概念,様態,及び正当化原理の整理・検討を通して,被介入者のその都度の表面的・実態的同意は,介入の根拠としては不十分であることを提示することを目的としている.パターナリズム正当化原理は暫定的に,(1)当該個人の状況/状態が生命の保全のための緊急性の高い場合,(2)当該個人の状況/状態が生命保全のための緊急性は低いものの持続的な支援を必要とするような場合,という2つのパターンにおいて想定できる.(1)の場合は原則的に合理的人間モデルに基いた介入が行われる.(2)の場合は原則的に当該個人の意思反映モデルに基いた介入が行われる.主要かつ本来的な正当化原理は(2)である.徹底的な「対話」を土台とした関係構築がこの原理の土台となる.
著者
樋澤 吉彦
雑誌
人間文化研究 = Studies in Humanities and Cultures (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
no.34, pp.45-57, 2020-07-31

本稿は、日本精神保健福祉士協会(協会)より提案されている"Psychiatric Social Worker"(PSW)から"Mental Health Social worker"(MHSW)への名称変更の妥当性について、「社会福祉士」とは別建てで制度化した精神保健福祉士法(P法)制定時の根拠に焦点化したうえで、ごく基本的な事項の整理検討を行うことを目的としている。名称変更についてはむろん様々な意見があるものの、その契機として総じていえることはすなわちPSW の活動領域が「メンタルヘルス」領域全般に拡大しているという点である。この点は名称変更に対する是非とは別に概ね肯定的に了解されていた。この点をふまえたうえで、P法制定の経緯、及びその根拠について当時の厚生省の見解をもとに整理を行った。P法制定議論のなかで「求められていた人材」とはすなわち「医師、看護婦等の医療関係の有資格者」しかいない精神病院において「病棟を離れて病院内外を行き来するパイプ役として精神障害者の社会復帰を支える専門職種」、「精神障害者の社会復帰のために必要な医療的なケア以外の支援を行う人材」であった。またその「対象」は、「社会福祉士」との「住み分け」を意識されたうえでの、主に精神科病院に入院しているか、あるいは地域において生活しているかに関わらず「社会復帰の途上」(社会復帰を遂げていない)にある精神障害者であった。さらにその「業務の範囲」は、あくまで「社会復帰の途上」にある精神障害者が主として治療/支援を受けていることが想定される精神科病院、社会復帰施設、そして保健所等の行政機関が想定されていた。協会によるMHSW への名称変更の根拠の一つとして、精神保健福祉士の業務が「医療的支援」及び「メンタルヘルス課題をもつ国民」全般に対する領域にまで「拡大」してきている点があげられているが、当時の厚生省が明言しているように、少なくともP法制定時の議論ではメンタルヘルスは国家資格としての「精神保健福祉士」の活動領域としては想定されていなかった。その後、2010(平成22)年の障害者自立支援法改正の一つとしてP法改正がなされたが、本改正に至るP法改正検討会では精神保健福祉士の領域拡大がうたわれており、結果的に従来役割に「精神障害者の地域生活を支援する役割」が加えられる方向で改正が行われた。すなわち「社会福祉士」とは別建てで必要とされた精神保健福祉士は端的に「メンタルヘルス」領域における「ソーシャルワーカー」となったのである。P法制定時の経緯とともに「社会福祉士」との「住み分け」の課題を棚上げしたうえで、現時点におけるPSW の活動をそのまま表すのであれば、「MHSW」の略称は正しいという結論となる。