著者
増田 洋介
出版者
名古屋市立大学大学院人間文化研究科
雑誌
名古屋市立大学大学院人間文化研究科人間文化研究 = Studies in humanities and cultures (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
no.29, pp.123-153, 2018-01

改正障害者基本法と障害者総合支援法に「意思決定の支援」の文言が盛り込まれた際、その原動力となったのは、知的障害者の日常生活に対する意思決定支援の制度化を図る知的障害者施設関係団体によって行われたロビー活動であった。その後、障害者総合支援法改正に向けた議論においては意思決定支援の制度化推進派が主流を占め、意思決定支援ガイドライン策定など具体的施策の実施へと推移していった。制度化推進派の主張をみると、知的障害者に対する日常生活支援の専門性への評価を高めるために、その専門性を示す文言を「意思決定支援」に統一して打ち出し、文言を法律に盛り込むことによって専門性に対する評価を定着させようとの意図が確認できる。そして彼らの主張は、重度の知的障害者であっても必ず意思が存在し、日常生活の中で支援することによって意思決定が可能になるので、知的障害者に対して日常生活における意思決定支援が重要であるとの認識が論拠となっている。一方で、制度化に否定的な意見も散見され、それらの意見には3つの共通点がみられる。1つ目は意思決定支援を日常生活における支援技術として位置づけることに疑義をもっている点、2つ目は意思決定支援を日常生活における支援者-被支援者の関係性の中に位置づけることに疑義をもっている点、3つ目は日常生活における意思決定支援を法律に盛り込むことに疑義をもっている点である。
著者
樋澤 吉彦
出版者
名古屋市立大学大学院人間文化研究科
雑誌
名古屋市立大学大学院人間文化研究科人間文化研究 = Studies in humanities and cultures (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
no.32, pp.25-40, 2019-07

本稿は、2016(平成28)年7月26日未明、神奈川県相模原市にある障害者施設「津久井やまゆり園」において発生した障害者支援施設入所者等殺傷事件(「事件」)を契機とした精神保健医療福祉の動向に関する第一報及び二報に続く第三報(最終報)として、精神保健福祉分野のソーシャルワーカー(精神保健福祉士)の職能団体である日本精神保健福祉士協会(協会)による、「事件」を経て2017(平成29)年2月8日に公表され、同28日、第193回国会に上程され結果的には継続審議の後いったん廃案となった精神保健福祉法改正法案(29年改正法案)に至るまでに発出された11の見解・要望の詳解を行うことを目的としている。29年改正法案「当初」案までの協会の一貫したスタンスは、(1)29年改正法案は「事件」の「検証」の場でなく、2013(平成25)年の精神保健及び精神障害者福祉に関する法律改正(25年改正法)第41条第1項及び附則第8条に基づき2016(平成28)年1月7日に設置された「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」(あり方検討会)において議論すべき、(2)「社会防衛」、「再発防止」のための措置入院制度改革には反対、という2点に収斂させることができるが、(1)については当該スタンスを明示している見解公表より前に再開されたあり方検討会の場に、「事件」の「検証」目的のために厚生労働省内に設けられた「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」により2016(平成28)年9月14日に公表された「中間とりまとめ~事件の検証を中心として~」(「中間とりまとめ」)が資料として配布されている。また(2)のスタンスは措置入院制度の中身ではなくそれの名目上の提案趣旨(目的)のみに対するものであることが、29年改正法案「当初」案の趣旨の削除とその直後の見解によって顕在化する。29年改正法案「当初」案の提案趣旨は、参議院厚生労働委員会の場において(同様の事象の)「再発防止」に関する箇所が法案の中身の実質的な修正はなされないまま厚労相の「お詫び」とともに突如削除された。しかし法案内容自体は修正されず、当該委員会は、そもそもの根拠(立法事実)の存否をめぐって混乱し、廃案に至ることとなる。協会は以上の顛末に比して趣旨の削除プロセスに肯定的評価を示している。協会の肯定的評価の姿勢の背景には、法案における排他的職能の要望が示唆される。29年改正法案は25年改正法の附則に基づくものであるということを名目にしながら、実際は「事件」を契機として措置入院制度に焦点化されている。協会が本来この時点で行わなければならないことは、中身はそのままで外装のみ「社会復帰(の促進)」という趣旨へと転換された29年改正法案の本質的な趣旨の剔出とその批判的検証でなければならない。しかし協会は、この検証を「単なる批判」として切り捨ててしまっている。このことは29年改正法案「当初」案における本質的な趣旨―すなわち「再発防止」―を逆に補強する可能性があると考える。
著者
浅岡 悦子
出版者
名古屋市立大学大学院人間文化研究科
雑誌
名古屋市立大学大学院人間文化研究科人間文化研究 = Studies in humanities and cultures (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
no.27, pp.68-44, 2017-01

卜部氏の職掌は亀卜を行うことだけではなく、大祓にも従事していた。卜部氏の氏文である『新撰亀相記』では卜占の起源のみでなく、大祓の元となったスサノヲ追放神話を詳しく述べ、卜部氏の関わる祭祀の起源を説く。亀卜・大祓などの神祇祭祀に供奉していた卜部氏は、『新撰亀相記』や『延喜式』によると伊豆・壱岐・対馬の三国の卜部氏から取られた卜部である。この三国の卜部氏の系譜には異同や混同が含まれるが、概ね中臣氏と同祖と見て問題ない。宮中の卜部は宮主―卜長上―一般の卜部という昇叙形態をとっており。『養老令』の段階で宮主三人、卜長上二人、一般の卜部最大十五人が取られていた。『新撰亀相記』では卜部の他に中臣・忌部などの祭祀氏族がわずかに確認できるが、『新撰亀相記』に記される神話の殆どが、卜部が関わる神祇祭祀について触れたものである。
著者
やまだ あつし
出版者
名古屋市立大学大学院人間文化研究科
雑誌
名古屋市立大学大学院人間文化研究科人間文化研究 = Studies in humanities and cultures (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
no.19, pp.91-98, 2013-06

1945年に一度断絶した日本と旧植民地台湾との貿易関係は、1950年にGHQと中華民国間の協定によって、バーター貿易をドルに換算し清算決済する制度(オープンアカウント制度)で正式に復活した。この決済制度と毎年の貿易計画は1961年に通常の現金取引に移行するまで、11年間にわたって日台貿易関係を規定し続けた枠組みであった。従来の日台貿易についての研究は、1950年になぜこの枠組みをGHQと中華民国が導入したのかを国際政治の変化から解説したもの、そしてこの枠組みにより台湾の米や砂糖がどのように日本に輸出されたのかを台湾側資料によって分析したものであった。日本側がこの枠組みをどう運用することで台湾へ再進出を遂げていったのかは、日本側資料がなく分析されなかった。本論は、去年(2012年)公開された『日華貿易及び支払取極関係一件』および『日華貿易及び支払取極関係一件会議議事録』を利用し、日本国がどう中華民国と交渉し台湾へ経済再進出を遂げようとしたのかについて、『会議議事録』第1巻の1955年第2回会議を事例に分析するものである。この第2回会議は貿易交渉の性格を、1950年代前半の貿易計画会議から、1950年代後半の価格会議へと変えたいわば分水嶺にあたる会議である。日本側はどんな論理を展開したのかを明らかにする。
著者
川本 徹
出版者
名古屋市立大学大学院人間文化研究科
雑誌
名古屋市立大学大学院人間文化研究科人間文化研究 = Studies in humanities and cultures (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
no.34, pp.11-27, 2020-07

本稿は2019 年公開の映画『トイ・ストーリー4 』の作品論であり、同時に本作のシリーズ全体における位置づけを考察するものである。過去の長編三作がフロンティアの類型的イメージと自由に戯れながらも、それが想起させる思想や価値観と距離を置いてきたとすれば、『トイ・ストーリー4 』はむしろそうした思想や価値観に接近する側面を有している。映画のオープニングとエンディングを中心に、詳細なテクスト分析をほどこした上で、シリーズにもたらされた変化の意味について検討する。
著者
野矢 充
出版者
名古屋市立大学大学院人間文化研究科
雑誌
名古屋市立大学大学院人間文化研究科人間文化研究 = Studies in humanities and cultures (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
no.33, pp.15-38, 2020-01

朝日新聞、毎日新聞、読売新聞について、憲法改正関連記事面積を1年間測定したところ、改憲派の読売よりも、9条堅持派あるいは改憲慎重派の朝日・毎日の面積の方が大きいことが判明した。それはなぜかを追究したのが本稿である。紙面に掲載された識者の数をはじめ、憲法改正の国民投票やデモ・集会を取り上げた記事など様々な点で量に開きがあることを確認した。報道する際のフレームの分析や、新聞報道量と受け手との関係を研究した「アジェンダセッティング(議題設定)理論」を組み合わせて考察し、朝日・毎日のフレームは側面的な議題が多様なため記事量が膨らむことが分かった。ただ、本稿は、安倍内閣の改憲発議前の局面に限っての調査結果であり、長期プロセスの中で記事量の逆転現象はあるのか課題は残る。同理論においては、本稿のようなメディア間の論調や量の違いを扱ってこなかっただけに、理論の裾野を広げた点で学術的な意義があると考える。
著者
榎木 美樹
出版者
名古屋市立大学大学院人間文化研究科
雑誌
名古屋市立大学大学院人間文化研究科人間文化研究 = Studies in humanities and cultures (ISSN:13480308)
巻号頁・発行日
no.27, pp.203-236, 2017-01

「官・産・市民社会」によるパートナーシップ(官民連携)のインドにおけるグッド・プラクティスとして位置づけられるPEACE BY PPEACE プロジェクト(PBPプロジェクト)は、公的機関のJICA、民間企業のフェリシモ、インドのNGOチェトナが協働して企画・運営されたもので、オディシャ州カラハンディの綿花栽培農家に対し、有機農法への転換支援とその子弟への就学支援を行ってきた。日本企業の本来のコア・ビジネスを活かした戦略的CSR活動として、総合的農村開発の文脈に位置づけられる事業である。公的資金をほとんど投入せずに立ち上がり、6年間の累計基金総額が9,000万円規模であるという意味ではレバレッジ効果が非常に高い事例である。PBPプロジェクトのユニークさの一つは、取引を公正化するサプライチェーンの構築(公正貿易の要素)に加えて、消費者から集められた資金が基金として再度インド農民に還元されるという二重支援体制のプロジェクト・デザインにある。また、本来の基金活動から派生していく活動の多様性も特徴的である。さらに、事業地として最貧困地として名高いオディシャ州カラハンディが選定されたことで、支援ターゲットが重層化する意味あいを帯びることとなった。ストーリー性としても極めて精密につくり込まれている。他方で、汎用的なエッセンスの抽出とマニュアル化が期待されるグッド・プラクティスであるが、属人的な要素が強いことも特徴の一つである。