著者
江尻 宏泰
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.76, no.7, pp.426-434, 2021-07-05 (Released:2021-07-05)
参考文献数
62

ニュートリノは,電子と同じ軽い素粒子で,電荷がなく「弱い力」が作用する.ニュートリノの基本的な性質や反応には,・ニュートリノ(粒子)も反ニュートリノ(反粒子)も中性の粒子だが,ニュートリノは,粒子と反粒子が同じマヨラナ粒子か,あるいは別のディラック粒子か,・ニュートリノ振動の観測から,ニュートリノには質量があることがわかったが,どのくらいの質量があるのか,・超新星爆発によるニュートリノ(超新星ニュートリノ)は,どう原子核と反応し,どのような原子核を生成するか,というような未解決の重要問題があり,現在,各国で研究中だ.これらは,原子核内でニュートリノが関与する崩壊や反応を調べて研究できる.原子核の特殊な二重ベータ崩壊では,原子核内の中性子がベータ崩壊で陽子になり,その際に放出された反ニュートリノが,ニュートリノとして,原子核内の別の中性子に吸収されてベータ崩壊を起こし,陽子に変わる.すなわちニュートリノが放出されない.このような崩壊は,反ニュートリノとニュートリノが同じであるマヨラナ粒子の場合に起こる.崩壊確率T 0νは,ニュートリノの(有効)質量mの二乗と核レスポンスB0νに比例し,T 0ν=kB0νm2である.崩壊確率T 0νを測って質量を求めるには,核レスポンスB0νが必要だ.B0νはこの崩壊で2中性子が2陽子になる核行列要素M 0νを用いてB0ν=|M 0ν|2と書ける.超新星ニュートリノの反応によって原子核内の中性子が陽子になり新原子核が生成される場合,その確率T νはニュートリノの量ϕと核レスポンスBνに比例して,T ν=k′Bνϕである.ニュートリノ量ϕから新原子核の生成率(変換率)を知るには,核レスポンスBν=|M ν|2が要る.M νは反応で中性子が陽子になる核行列要素だ.これらの核レスポンスの正確な値を理論的に計算することは,原子核が核子,中間子,励起核子の複雑な多体系なため,すべてを計算に取り込むことが不可能なので,大変難しい.また,ニュートリノビームを使って直接測定することは,反応率が非常に小さく,実側が極めて困難だ.最近,筆者らのグループは,阪大の核物理研究センターで,荷電交換反応を測定してニュートリノの核レスポンスが調べられることを示した.入射する3Heの荷電交換反応で,原子核内の中性子が陽子になる反応の測定から,二重ベータ崩壊や超新星ニュートリノの反応で,中性子が陽子になる際の核レスポンスを調べた.また,ミュー粒子が荷電交換して原子核に捕獲される反応を測って,原子核内の陽子が中性子に変わる際の核レスポンスを調べた.荷電交換反応による実験のポイントは,反応率が大きく高精度の測定ができることと,プローブの粒子(3Heやミュー粒子)と原子核との相互作用オペレーターが,二重ベータ崩壊や超新星ニュートリノと原子核との相互作用オペレーターと同じ型であることだ.ニュートリノの核レスポンスでは,アイソスピンとスピンと運動量が関与するレスポンスが重要だが,同じ型のレスポンスを荷電交換反応で測定できた.荷電交換反応による核レスポンスの実験研究の知見を基に,二重ベータ崩壊や超新星ニュートリノなどの核レスポンスB0νとBνが求められた.それらの核レスポンスを基に,二重ベータ崩壊や超新星ニュートリノ核生成の研究が進み,ニュートリノの基本の解明が進むことを期待したい.
著者
大隅 秀晃 江尻 宏泰 藤原 守 岸本 忠史
出版者
大阪大学
雑誌
萌芽的研究
巻号頁・発行日
1996

山脈の宇宙線トモグラフィーを得ることに成功すれば、掘削不可能な広い範囲の地質や地層に対する新しい情報(エネルギー損失係数の3次元分布dE/dX(p,A,Z)-つまり地層の密度と構成粒子の原子番号等の関数)が得られ、地質や地層の研究に応用できる。この方法を推し進めれば、宇宙線地学という新しい研究分野開拓の契機となる。この研究をめざして、紀伊半島中部にある山岳トンネル(大塔天辻トンネル、地下約470m(最大)、長さ約5km)内から、そのトンネルを覆う山脈の宇宙線(μ粒子)トモグラフィー(山脈の断層写真)を得るために以下の検出器開発と実験研究をおこなった。1.宇宙線(μ粒子)の方向・強度を測定するためプラスチックシンチレーターホドスコープ(1m×1m)、データ取り込み回路の開発をおこなった。開発したプラスチックホドスコープは、位置分解能と検出効率とコストパフォーマンスを考慮した設計で、シンチレータとウエーブレングスシフタ-を組み合わせて少ない光電子増倍管で、大面積を覆う設計となっている。2.大塔天辻トンネルの地層に対する資料調査を行なった。建設時に地質調査が詳しくなされていることが判明し、地質、地質の境界、断層、破砕帯、風化帯等の資料が得られた。また各地点の弾性波速度の詳細な資料も得られた。したがって本研究で測定できるエネルギー損失係数の3次元分布との詳細な対比が可能となった。3.プラスチックシンチレーターホドスコープの地上(大阪大学理学部)でのデータ取り込みテストを行ない、設計で目標とした、予定通りの性能が得られた。また地上での宇宙線の3次元強度分布の測定を行ない、今まで発表されている、地上での宇宙線強度と矛盾のないことを確かめた。4.大塔天辻トンネルに持ち込み各点での宇宙線の強度および方向の精密測定については、その予備テストを行なったが、核物理センターの大塔コスモ実験室の建設のため、トンネル内への立ち入りが制限されたため、本格的な三次元分布の測定は次年度にひきつづき行なう予定になっている。