著者
宮田 彬 YONG Hoi Sen 池田 八果穂 長谷川 英男
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.47-67, 2003-01-10

この論文では鱗翅類の交尾形式を総括・整理した.鱗翅類が垂直面あるいは斜面で交尾する時の体位は,常に雌が上に位置し,雄は下向きに静止する.この現象を「雌上位」と呼び,同一種でも希に逆位つまり「雄上位」がある.「雄上位」は滅多に見られず,蛾類では「雌上位」が基本である.また尾端でつながり雌雄の頭が反対方向を向く交尾中のペアの翅が左右に傾斜し,典型的な場合胴部が屋根の下に隠れているので「屋根型交尾」と呼ぶことにした.もちろん翅の面積,長さが変化すれば胴部が露出し屋根のようでなくなるが,尾端でつながり雌雄が反対方向を向く交尾形式は広義の「屋根型交尾」とする.この場合,雌の翅が雄の翅を覆う「雌上翅」と,その逆の「雄上翅」があり,基本形は「雌上翅」である.しかし,翅の重ね方については雌も妥協的で「雄上翅」が時々見られる.屋根型交尾では,以上の2点を確認することが望ましい.また写真は必ず上下関係がはっきり分かるように撮影するべきである.わざわざ写真を横向きにして発表したと思われる例があるが困ったことである.次に屋根型交尾から由来する二大系列がある.一つは交尾中の雌雄の頭部が同じ方向を向く場合である.垂直面での交尾では両性の頭部はどちらも上を向く.これは食樹上の繭または茂みに羽化直後の雌が止まって雄を迎える場合で,雄は雌の側面から翅を背中で畳んで接近しそのまま結合する.V字状になるので「V字状交尾」と呼ぶ.結合後,雄が雌の腹面に回り翅を開いて静止すると「対面交尾」となる.V字状交尾から対面交尾に移行するためには雌雄の間に葉や枝など,夾雑物がないことが条件である.もしあればV字状交尾のまま交尾を終わる.この両型は,ヤママユガ科のほとんど全部とドクガ科,カレハガ科の一部で観察されている.またヒトリガ科の一部でも見られるかも知れない.第二の変化は,屋根型交尾の屋根の傾斜が翅の面積増大と胴が細くなった結果,屋根の勾配が次第に緩やかになり,ほとんど水平になった蛾類で見られ,「水平翅型交尾」と呼ぶ.シャクガ科,ヤガ科と蝶類で見られる.この型はさらに進むと背中で翅の表面と表面を合わせて閉じる「蝶型交尾」になる.シャクガ科では上の両型が一つの種または属で見られる場合がある.しかし種によってどちらか一型に落ち着くことが多い.ヤガ科のアツバ類には水平翅型交尾は見られるが,この科では「蝶型交尾」はまったく見られない.蝶でしばしば問題になる交尾飛翔は,雌雄が共同しないと成立しない.夜行性の蛾の場合,飛行が観察された例はない.はっきりと一方向へある距離飛んだことが分かっているのは蝶の一部と蛾ではオニベニシタバである.この蛾は昼間樹幹から樹幹に飛んだという.昼行性のカノコガやスカシバガ科は刺激されると雌雄が混乱し,強い側か強引に引っ張ることが観察されている.オオスカシバは右へ飛んだり左へ飛んだり,右往左往し一方向へスムーズに飛翔できなかった.蝶の交尾飛翔も無理に刺激し飛ばした報告が含まれているが,これはまったく無意味な観察である.もし蝶との間に距離をおいてじっくり観察すれば蝶は交尾中決して飛ばない.また雌雄が驚いて落下した場合,どちらかが少し翅を開閉したとしても交尾飛翔したとは言えない.蝶の交尾飛翔も本当に飛んだと言える例がどれほどあるか,再吟味が必要であろう.
著者
宮田 彬 池田 八果穂 長谷川 英男 藤崎 晶子 揚 海星
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.27-44, 2002-01-10
参考文献数
6

日本鱗翅学会自然保護委員会の提唱を受け入れ,1998年から2000年の3年間,大分市富士見ヶ丘18-16の宮田宅の庭で継続したチョウ観察の記録を再検討した.3年間に合計50種のチョウが記録されたので,それらのチョウの記録時の状況と個体数の多さの程度を,(1)年間の延べ出現日数と(2)半月毎の個体数の多さを表す3段階評価法の二通りの方法で示した(第1表).その結果,今回著者らが採用した方法は,ルート・センサス法と同様チョウのモニターリングの有効な一方法として推奨出来るという結論に達した.この方法では一定の観察場所として個人の庭とその庭から観察可能な数メートルほどの外側を含む地域を決めた.しかし一定の観察時間は設けず,たまたま在宅し,庭へ出たりあるいは庭を見たときに見かけたチョウの記録を随時取ることにした.もちろんチョウを見た時間,その時の天候,個体数,チョウは何をしていたか等を参考のため記録しておく.通常,サラリーマンの場合,観察時間は朝夕の短い時間と週末の休日,祭日だけに限定される.その休日も様々の事情で必ずしも在宅出来るとは限らない.忙しい時は帰宅時間も遅いし,休日も一日中家を空けることが多い.しかしそのような状態でも年間を通して記録を継続した.3年間の記録を調べて見ると,確かに休日にチョウを見かける機会が圧倒的に多く,もし休日がまったくないとすれば記録される種類数は著しく減少することが予想される.とは言えどんなに忙しい身でも休日の朝は少し遅く外出する場合が多く,午後も少し早く帰宅することが多い.そこで休日の場合,どの時間帯にもっともチョウが多いか検討してみた.夏の観察では,7-12時の午前中にその日記録されたチョウの70-100%が飛来した.しかも8時から10時までの2時間に多くの種類が現れるピークがあった.そして午後の暑い時間帯はチョウの個体数が著しく減少する中休みがあり,夕方,4時から4時半に再び多くのチョウが飛来する時間があることが分かった.このようなことを少し考慮して,休日の外出を朝10時少し前まで遅らせる事が出来るならば,夏のチョウはだいたい漏らさず記録可能であることが分かった.また午後5時までに帰宅して観察を再開すればさらにいくつかの種が追加されるかも知れない.以上のようなことを少し意識して休日の観察可能な時間を設定するならば,昼間別の場所で働いている多忙な人でも庭のチョウの観察運動に参加し重要な役割を果たすことができる.むしろ断片的な記録を全国的に集積することによって見えてくることがあるに違いないと確信した.チョウのモニターリングに多くの人が参加することを期待したい.