著者
中村 晃士 鈴木 優一 山尾 あゆみ 加藤 英里 瀬戸 光 沖野 慎治 小野 和哉 中山 和彦
出版者
一般社団法人 日本女性心身医学会
雑誌
女性心身医学 (ISSN:13452894)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.121-125, 2012-07-15 (Released:2017-01-26)

われわれは,家族内葛藤から生じたと思われる心因性難聴と診断された女児Aを経験した.16歳の女児Aの幼いころの家庭では,父親がアルコールによる病的酩酊があり,父親から母親に対する暴力が日常的にあった.患者自身は被害に遭うことはなかったが,母親が父親に暴力を振るわれる姿をいつも見ており,緊張した毎日を送っていたと思われる.こうした中,患者は小学校低学年から耳が聞こえにくいという症状を呈していたが,耳鼻科を受診するも耳鼻科の診断がなされるが精神科治療に結びつくことはなかった.患者が小学5年生のときに両親は離婚しているが,父親の仕事をAが手伝うといった形をとっていたため,家庭,そして両親のバランスをAがとるという調整役を担わされていた.その結果として,難聴は次第に悪化し,16歳まで遷延化したため,精神科治療に導入された.診察の結果,Aの難聴は心因性であるとされ治療が開始された.面接の中で,Aにとって難聴は,意思を表明しないための道具であり,防衛として理解された.すなわち,Aは両親の狭間で意見を求められたり,ときにはどちらにつくのかといった態度の表明を迫られたりし,それを出来ないAにとっての防衛策が難聴だったのである.Aは家庭内で調整役を担わされているために葛藤状況が生じていると考えられ,Aの思いを言語化するよう治療では促された.もちろん,防衛としての難聴をAが手放すには時間がかかるが,Aが家庭内での調整役を担わなくても家族が崩壊しないことを現実生活の中で体験していけば,少しずつ難聴を手放せていけると思われた.また現代社会の中で,家庭環境はより複雑化していく一方であり,このような患者が増えていくことが予想される.治療者は,家族内の病理が女性や子どもといった弱い立場の人の身体症状という形で表面化しやすいということを念頭に治療に当たらなければいけない.
著者
中村 晃士 沖野 慎治 小野 和哉 中山 和彦
出版者
一般社団法人 日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.54, no.12, pp.1105-1110, 2014-12-01 (Released:2017-08-01)
被引用文献数
3

不定愁訴に基づき身体科をいくつもかかる患者の中には,自閉症スペクトラム障害(ASD)と思われる一群がいる.こうしたASD患者の特徴をアスペルガー障害の男性症例を提示して考察した.まずASD患者は,基本的に身体過敏性をもち,さらにコミュニケーション障害を含む社会性の障害からくる不適応による症状の身体化,そしてそれを強固なものとする症状へのこだわりをもつ.筆者らはこれをASD患者の「身体化の三重構造」と呼ぶこととした.この「身体化の三重構造」のために,ASD患者の身体症状が遷延化しやすく,結果として身体科を不要に受診し続けやすい.こうした患者への対応では,患者と治療者の関係性を意識的,積極的に良好に保つこと,彼らの過敏性などの特性についての認識を共有すること,コミュニケーションの中であいまいな表現は極力避け,ときには断定的な表現を用いるなどの工夫が必要であることを指摘した.