著者
沼子 千弥 中井 泉 石井 紀明 高野 穆一郎
出版者
公益社団法人 日本分析化学会
雑誌
分析化学 = Japan analyst (ISSN:05251931)
巻号頁・発行日
vol.44, no.10, pp.821-827, 1995-10-05
参考文献数
7
被引用文献数
3 2

ピザラガイは,鉄を高濃度に濃集した歯を形成し,この歯が磁性を持つことからユニークな存在として注目されている.鉄を濃集した歯は基底膜の上に約70対存在し,その成熟過程で形状が変化するが,本研究ではそれに伴う鉄の化学形の変化を調べるためにシンクロトロン放射光を利用するX線吸収微細構造(XAFS)法を適用した.X線回折の測定からは結晶成分としては磁鉄鉱のみが検出され,更にX線プローブマイクロアナリシス(EPMA)により鉄は歯の先端部から腹側にかけての摂餌面に局在していることが確認された.蛍光XAFS測定の結果,歯の形成初期の段階では鉄は三価の非晶質酸化水酸化物(FeOOH)として沈着され,その後部分的に還元を受け二価と三価の混合した磁鉄鉱(Fe<SUB>3</SUB>O<SUB>4</SUB>)を形成してゆくことが明らかとなった.又,ピザラガイの歯は成熟過程において,褐色,灰色,赤色,黒色と4段階の変色を示すが,歯に含まれる鉄の状態もこれに伴い変化しており,歯の外観と鉄の化学形に相関があることが分かった.
著者
沼子 千弥 山口 力也 箕村 知子 小藤 吉郎
出版者
Japan Association of Mineralogical Sciences
雑誌
日本鉱物学会年会講演要旨集
巻号頁・発行日
pp.107, 2003 (Released:2004-07-26)

軟体動物の貝殻には、構成する炭酸カルシウム結晶の形態により、稜柱構造(prismatic structure)、交差板構造(crossed lamellar structure)、葉状構造(foliated structure)、真珠構造(nacreous structure)などのように分類される殻体構造(shell structure)が存在する。また、炭酸カルシウムにはカルサイト、アラゴナイトのように様々な多形が存在するが、その存在比は非生物系と生物系で大きく異なっていることが、いわゆる生体鉱物におけるカルサイトーアラゴナイト問題として知られている。生物が鉱物種、結晶形態、殻体の中での分布の全てを制御しながら生体鉱物として炭酸カルシウム結晶を形成してゆくメカニズムには新規材料開発を考える上で模倣すべき点を多く含まれると考えられ興味深い。そこで本研究ではそのメカニズム解明の第一歩として、現生の軟体動物数種について実際にそれらの生物が持っている殻体構造の軟体動物の種類による存在量や分布違い、そして殻を構成する炭酸カルシウム鉱物の種類とその量比について記載を行った。 軟体動物はクロアワビ、マガキなど日本近海で採集可能なものを海水棲・淡水棲、二枚貝類・腹足類・多板綱などを網羅するようにおよそ10種類選択し、軟体部と貝殻を分離した。貝殻は風乾・粉砕後、光学顕微鏡下で殻体構造の異なるものを分類し、それぞれ走査型電子顕微鏡で観察を行った。さらに粉末X線回折計を用いて貝殻を構成する鉱物種の同定と量比の算出を試みた。またいくつかの試料について、単色ラウエ法やプリセッション写真法により、結晶の方位や状態についてさらに詳細な検討を加えた。 実験の結果、軟体動物の種類が異なると、同じ殻体構造を持っていても構成する鉱物種の種類と量に差があり、殻体構造の結晶の形状の決定要因は構成鉱物種の結晶の自形のみではないことが明らかとなった。また同一殻体構造に複数の鉱物種が存在する場合でも、異方性や結晶粒の大きさなどにも鉱物種ごとに差違が生じていることが分かった。今後より多くの種類の生物について硬組織の構造と構成鉱物種の関連を調べてゆく必要があると考えられた。
著者
沼子 千弥 築山 義之 小藤 吉郎
出版者
日本貝類学会
雑誌
Venus (Journal of the Malacological Society of Japan) (ISSN:13482955)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.153-163, 2006
参考文献数
13

ヒザラガイ類は歯舌の中に主成分として磁鉄鉱(Fe_3O_4)を持つことで知られている。先行研究では無機成分により鉱物化された第二側歯の形成過程から,ヒザラガイ類を2,3のタイプに分類していた。本研究では,ヒザラガイAcanthopleura japonicaの歯冠部に含まれる鉱物成分とそれらの2次元分布を求めるために,X線回折(XRD)とX線マイクロプロープアナライザー(EPMA)を用いて研究を行った。XRDにより磁鉄鉱(Fe_3O_4),針鉄鉱(α-FeOOH),鱗鉄鉱(γ-FeOOH),ハイドロキシアパタイト(Ca_5(PO_4)_3(OH))など複数の結晶成分が検出された。EPMAにより歯冠断面の2次元分布においてFeと(Ca,P)の分布が異なることがあることが示された。これらの結果は,歯の構成成分について,どのような種類の鉱物を,歯舌の形成過程の中のどのタイミングで,歯冠の内部のどこにどのような状態で形成するかを緻密にコントロールした,ヒザラガイの生体鉱物化システムを明らかにした。また,これらの結果より,ヒザラガイの第二側歯の形成過程は,5つの段階に分類できることが分かった。