著者
喜田 宏 河岡 義裕 岡崎 克則 伊藤 寿啓 小野 悦郎 清水 悠紀臣
出版者
北海道大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1991

我々は鳥類,動物および人のインフルエンザウイルスの生態を研究し,得られた成績に基づいて,1968年に人の間に出現した新型インフルエンザウイルスA/HongKong/68(H3N2)株のヘマグルチニン(HA)遺伝子の導入経路を推定し,提案した。すなわち,渡り鴨の間で継持されているH3インフルエンザウイルスが中国南部で家鴨に伝播し,さらにこれが豚に感染した。豚の呼吸器にはそれまでの人の流行株でうるアジア型(H2N2)ウイルスも同時に感染し,両ウイルスの間で遺伝子再集合が起こって,A/HongKong/68株が誕生したものと結論した。今後もこのような機序による新型ウイルスの出現が予想されるので,渡り鴨と豚のインフルエンザの疫学調査と感染実験を継続することによって,新型ウイルスを予測する研究を計画した。インフルエンザウイルスの供給源として,北方から飛来する渡り水禽および中国南部の家禽集団が考えられて来た。毎年,秋に飛来する渡り鴨からウイルスが高率に分離され,春に北方に帰る鴨からはほとんど運離されないことから,北方圏の鴨の営巣地が一次のウイルス遺伝子の貯蔵庫であると推定した。そこで,本学術調査では1991年および1992年の夏に,米国アラスカ州内の異なる地域で水禽の糞便を収集し,これからウイルスの分離を試みた。マガモとオナガガモ計1913,カナダガン1646,白鳥6,シギクおよびカモメ7合計2579の糞便材料から75株のインフルエンザウイルスおよび82株のパラミクンウイルスを分離した。インフルエンザウイルスはほとんどがアラスカ中央部ユコン平原の湖に営巣する鴨の糞便材料から分離されたが,南部のアンカレジ周辺や北部の材料からの分離率は極めて低かった。分離されたインフルエンザウイルスの抗原亜型はH3N8が14,H4N6が47,H8N2が1,H10N2が1,H10N7が11およびH10N9が1株であった。抗原亜型およびウイルスの分離率は,糞便材料を収集した鴨の営巣地点によって異なっていた。1992年には湖沼水からのウイルス分離をも試み,鴨の糞便から得られたものと同じH4N6ウイルスがそれぞれ2つの異なる湖の水から分離された。鴨の営巣地でその糞便から分離された14株のH3インフルエンザウイルスのHAの抗原性をモノクローナル抗体パネルを用いて詳細に解析した結果,A/HongKong/68ならびにアジアで鴨,家鴨および豚から分離されたH3ウイルスのHAと極く近縁であることが判明した。この成績は水禽の間で継持されているインフルエンザウイルスの抗原性が長年にわたって保存されているとの先の我々の見解を支持する。以上のように,鴨が夏にアラスカの営巣地でインフルエンザウイルスを高率に保有しており,湖水中にも活性ウイルスが存在することが明らかとなった。従って,北方の鴨の営巣地が一次のインフルエンザウイルス遺伝子の貯蔵庫であるとの推定が支持された。秋に鴨が渡りに飛び発つ前に,糞便と共に湖沼中に排泄されたウイルスは冬期間,凍結した湖水中に保存され,春に帰巣する鴨がこれを経口摂取して感染し増殖することを繰り返して存続して来たのであろう。秋,冬および春に一定の鴨の営巣地点で水,氷および凍土を検索することによって,自然界におけるウイルスの存続のメカニズムならびに遺伝子進化を知ることができるであろう。水禽の糞便から分離されたパラミクンウイルス82株のうち81株はニユーカッスル病ウイルス(NDV)であった。これらNDVのHNおよびF糖蛋白の抗原性をモノクローナル抗体パネルを用いて詳細に解析した結果,ワクチン株と異なるものが優勢であった。水禽の間に高率に分布しているNDVが家禽に導入される可能性が考えられるので,渡り鴨の糞便から分離されるNDVの抗原性ならびに鴨に対する病原性を継続して調査する必要があろう。
著者
喜田 宏 清水 悠紀臣 岡部 達二 関川 賢二 見上 彪 笠井 憲雪 小野 悦郎 大塚 治城 喜田 宏
出版者
北海道大学
雑誌
試験研究(A)
巻号頁・発行日
1993

1.オーエスキー病ウイルス(ADV)の前初期(IE)蛋白IE180の機能ドメインを解析した結果、初期および後期遺伝子の転写活性化に関与する領域、IE遺伝子の転写抑制に関与する領域および核への移行シグナルが明らかになった。2. ADVの初期蛋白EP0が感染細胞の核に局在し、IE、初期TKおよび後期gX遺伝子の転写を増強することが明らかになった。この転写増強作用には、EP0分子のN末端に存在するRINGfinger領域が必須であり、酸性アミノ酸を多く含む領域も関与することが判明した。3.蛋白工学手法によって、ADVのIE遺伝子の転写抑制因子を作出した。これら因子の転写調節作用を解析し、以下の成績を得た。1) IE180のDNA結合ドメインとヒト単純ヘルペスウイルスのトランスアクチベータ-VP16の結合ドメインとのキメラ蛋白は、ADVのIE遺伝子の転写を抑制した。このキメラ蛋白はウイルスの増殖を著しく阻害した。2) IE180およびEP0のdominant-negativemutantはウイルスの増殖を抑制した。4.ウイルスの増殖を最も強く抑制した3-1)キメラ蛋白遺伝子をC57BL/6マウス受精卵にマイクロインジェクション法によって導入した。1系統のF1マウスに本遺伝子が導入されたことを確認した。現在、このF1マウスを用いてトランスジェニックマウスの系統を確立しつつある。今後、系統化されたマウスが本遺伝子を発現していることを確認してウイルス感染実験を行う予定である。