著者
喜田 宏 河岡 義裕 WEBSTER R.G. 岡崎 克則 伊藤 寿啓 R.G.WEBSTER
出版者
北海道大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1993

平成3-4年度の文部省科学研究費・国際学術研究(0304103)および平成5年度の本研究による調査の結果、アメリカ合衆国アラスカ州中央部の湖沼に営巣する渡り鴨が、夏季にインフルエンザウイルスを高率に保有していることが判明した。平成6年度には前年度にひき続き、アラスカ州中央部のユコン平原にあるマラ-ド湖、ハート湖およびビッグミント湖で鴨の糞便材料を採取し、ウイルス分離試験を実施すると共に、湖水からのウイルス分離を試みた。さらに、分離ウイルスの抗原亜型を決定した上で、これまでに得られたウイルス株を加えて、分離年、分離地および亜型が異なるウイルスのNPおよびHA遺伝子の塩基配列を決定し、系統進化解析を行った。平成5年度および6年度に鴨の糞便541検体から分離されたインフルエンザウイルスは33株、パラミクンウイルスは15株であった。イルフルエンザウイルスの抗原亜型は、H3N8が23株、H4N6が8株、そしてH7N3が1株であった。文部省科学研究費により実施した平成3年および4年度の調査成績をあわせると、4年間に分離されたインフルエンザウイルスは108株で、その内訳は、H2N3が1株、H3N8が37株、H4N6が55株,H10N9が1株であった。従って、アラスカ中央部に夏季に営巣する鴨が多くの異なる抗原亜型のウイルスを維持していることならびに同じ営巣湖沼に異なる抗原亜型のインフルエンザウイルスが共循環していることが明らかとなった。また、鴨が夏季に巣を営み、ヒナを育てる湖沼の水からもインフルエンザウイルスが分離された。平成6年8月8日に採取したビッグミント湖の水13サンプルのうち7検体からインフルエンザウイルスが分離され、湖水1ml中のウイルス感染価は10^<1.8>-10^<2.8>EID_<50>におよんだ。そこで、ほとんどすべての鴨が渡りに飛び発った後、同年9月18日に再びビッグミント湖の水を採集して、ウイルス分離を試みた。その結果、H3N8およびH7N3ウイルスが得られた。その成績は、インフルエンザAウイルスが水鳥集団の間で受け継がれており、自然界におれるインフルエンザウイルスの存続には、冬期間の湖水中の凍結保存が関与するとの我々の推定を強く支持するものである。すなわち、北方の鴨の営巣湖沼がインフルエンザウイルスの貯蔵庫であり、秋(8月中旬)に鴨が渡りに飛び発つ前にその糞便と共に排泄したウイルスが冬期間凍結した湖沼水中に保存され、春に帰巣する鴨がこれを経口摂取して感染し、増殖することを毎年繰り返して存続してきたものと考えられる。これまでにアラスカで鴨の糞便が分離されたインフルエンザウイルス108株のうち、異なる年に異なる地点で分離されたウイルス18株のNP遺伝子および6株のH3ウイルスのHA遺伝子の塩基配列を決定し、系統進化解析を行った。成績から、アラスカ中央部に営巣する鴨の糞便から分離されたウイルスのNP遺伝子およびHA遺伝子は何れも北米大陸で分離されたウイルスと同じ系統に属し、アジアおよびヨーロッパで分離されたウイルスとは異なることが判明した。これらの成績は、少なくともユコン平原に営巣する鴨はアリューシャン列島を通ってアジアに飛来することは稀であることを示している。一方、このようにウイルス遺伝子を解析することによって、その宿主島の飛翔路を推定することが可能であることが判明した。先に研究代表者らは新型インフルエンザウイルスの起源が渡り鴨のウイルスにあって、アジア、特に中国南部で家鴨および豚がその出現に関与することを証明した。従って新型インフルエンザウイルスの予測のためには、南中国に飛来する渡り鴨およびその営巣湖沼を調査することが必須である。今後シベリアの鴨の営巣湖沼におけるインフルエンザウイルスの分布を調査する計画である。
著者
喜田 宏 河岡 義裕 岡崎 克則 伊藤 寿啓 小野 悦郎 清水 悠紀臣
出版者
北海道大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1991

我々は鳥類,動物および人のインフルエンザウイルスの生態を研究し,得られた成績に基づいて,1968年に人の間に出現した新型インフルエンザウイルスA/HongKong/68(H3N2)株のヘマグルチニン(HA)遺伝子の導入経路を推定し,提案した。すなわち,渡り鴨の間で継持されているH3インフルエンザウイルスが中国南部で家鴨に伝播し,さらにこれが豚に感染した。豚の呼吸器にはそれまでの人の流行株でうるアジア型(H2N2)ウイルスも同時に感染し,両ウイルスの間で遺伝子再集合が起こって,A/HongKong/68株が誕生したものと結論した。今後もこのような機序による新型ウイルスの出現が予想されるので,渡り鴨と豚のインフルエンザの疫学調査と感染実験を継続することによって,新型ウイルスを予測する研究を計画した。インフルエンザウイルスの供給源として,北方から飛来する渡り水禽および中国南部の家禽集団が考えられて来た。毎年,秋に飛来する渡り鴨からウイルスが高率に分離され,春に北方に帰る鴨からはほとんど運離されないことから,北方圏の鴨の営巣地が一次のウイルス遺伝子の貯蔵庫であると推定した。そこで,本学術調査では1991年および1992年の夏に,米国アラスカ州内の異なる地域で水禽の糞便を収集し,これからウイルスの分離を試みた。マガモとオナガガモ計1913,カナダガン1646,白鳥6,シギクおよびカモメ7合計2579の糞便材料から75株のインフルエンザウイルスおよび82株のパラミクンウイルスを分離した。インフルエンザウイルスはほとんどがアラスカ中央部ユコン平原の湖に営巣する鴨の糞便材料から分離されたが,南部のアンカレジ周辺や北部の材料からの分離率は極めて低かった。分離されたインフルエンザウイルスの抗原亜型はH3N8が14,H4N6が47,H8N2が1,H10N2が1,H10N7が11およびH10N9が1株であった。抗原亜型およびウイルスの分離率は,糞便材料を収集した鴨の営巣地点によって異なっていた。1992年には湖沼水からのウイルス分離をも試み,鴨の糞便から得られたものと同じH4N6ウイルスがそれぞれ2つの異なる湖の水から分離された。鴨の営巣地でその糞便から分離された14株のH3インフルエンザウイルスのHAの抗原性をモノクローナル抗体パネルを用いて詳細に解析した結果,A/HongKong/68ならびにアジアで鴨,家鴨および豚から分離されたH3ウイルスのHAと極く近縁であることが判明した。この成績は水禽の間で継持されているインフルエンザウイルスの抗原性が長年にわたって保存されているとの先の我々の見解を支持する。以上のように,鴨が夏にアラスカの営巣地でインフルエンザウイルスを高率に保有しており,湖水中にも活性ウイルスが存在することが明らかとなった。従って,北方の鴨の営巣地が一次のインフルエンザウイルス遺伝子の貯蔵庫であるとの推定が支持された。秋に鴨が渡りに飛び発つ前に,糞便と共に湖沼中に排泄されたウイルスは冬期間,凍結した湖水中に保存され,春に帰巣する鴨がこれを経口摂取して感染し増殖することを繰り返して存続して来たのであろう。秋,冬および春に一定の鴨の営巣地点で水,氷および凍土を検索することによって,自然界におけるウイルスの存続のメカニズムならびに遺伝子進化を知ることができるであろう。水禽の糞便から分離されたパラミクンウイルス82株のうち81株はニユーカッスル病ウイルス(NDV)であった。これらNDVのHNおよびF糖蛋白の抗原性をモノクローナル抗体パネルを用いて詳細に解析した結果,ワクチン株と異なるものが優勢であった。水禽の間に高率に分布しているNDVが家禽に導入される可能性が考えられるので,渡り鴨の糞便から分離されるNDVの抗原性ならびに鴨に対する病原性を継続して調査する必要があろう。
著者
伊藤 寿啓 喜田 宏
出版者
鳥取大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1996

インフルエンザウイルス(IFV)は哺乳動物や鳥類に広く感染する。すべてのIFVは野生水禽のウイルスに由来すると考えられている。しかし、ウイルスが異なる動物種間を伝播する機序が解明されていない.IFVはHA蛋白を介して細胞表面のシアル酸を末端にもつ糖鎖レセプターに結合して感染する。そこで、本研究ではIFVのレセプター特異性と宿主域との関連を解析し、さらに感染実験によってその異動物種間伝播のメカニズムを解明することを目的とした。宿主の細胞表面上にあるレセプターの種類をレクチンを用いて解析した結果、馬、鯨、アザラシの呼吸器にはシアル酸がガラクトースにα2-3結合している糖鎖(α2-3)のみが存在し、豚、フェレットにはα2-3およびα2-6の両者が存在することが判明した。これらの成績はα2-3親和性の鳥IFVが馬に直接伝播可能であるという疫学的知見を裏づける。また、鯨およびアザラシのウイルスが鳥由来ウイルスであるという遺伝子解析結果をも支持する。一方、豚やフェレットでは、α2-6親和性の人ウイルスもα2-3親和性の鳥ウイルスも共に増殖するという以前の感染実験の成績に一致する。一方、人ウイルスから選択された、α2-3親和性変異株のHAのみを有し、他の遺伝子は全て馬のウイルス由来のハイブリッドウイルスを作出した。このウイルスのHAは226番目のアミノ酸がLeuから鳥ウイルスと同じGluに変化していた。しかし、このウイルスは馬では増殖しなかった。さらに228番目のアミノ酸も鳥ウイルスと同じGlyに変化したHAをもつハイブリッドウイルスを作出したところ、馬でよく増殖した。即ち、IFVが馬の気管で増殖するためには226番目に加えて228番目のアミノ酸も重要であることが判明した。現在、このアミノ酸がIFVのレセプター特異性にどのような変化をもたらすのかをレセプター結合試験により解析中である。