著者
清水 真志
出版者
専修大学経済学会
雑誌
専修経済学論集 = Economic bulletin of the Senshu University (ISSN:03864383)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.119-169, 2019-12

流通労働者に求められるのは,不確定な領域で自分の感情をコントロールする精神的なタフさと,買い手の目に自分をいかにも有能らしく印象づける狡猾さとである。これらは演技的性格を帯びた技能・熟練である。流通労働者の職歴や等級は,彼の演技に説得力をもたせるための舞台衣装として用いられる。ただ,不特定多数の顧客を相手にする流通労働では,誰の技能・熟練がどの顧客に通用するか分からないため,チーム単位で働く協業のスタイルが基本になる。流通労働者の技能・熟練は,チーム単位で共有される「集団力」として規定しなければならない。「集団力」にかんするマルクスの議論では,生産労働における協業が念頭に置かれており,大人数が1箇所に集まることの効果が一面的に強調されていた。しかし流通労働に適合するのは,少人数のチームがあちこちに散開して「集団力」を発揮するという分散型の協業である。流通労働はチーム単位で行われるが,流通労働者の雇用は個人単位で行われるため,チームの内部には等級の違いが生まれる。流通労働と等級制との関係を考察するためには,等級制があくまで分業に特有の制度であるという先入観と,分業があくまで協業とは別個の生産方法であるという先入観とをどちらも取り払わなければならない。流通労働における協業は,手の空いている誰かが手の塞がっている誰かのピンチヒッターを務めるという「複雑な協業」のパターンを取る。「複雑な協業」は,他人とは違う作業手順を発見しようとする分業の芽を孕んでおり,この芽の活かし方をめぐって等級制が導入される余地が生まれる。生産労働に導入されるのは,賃金等級の高い労働者ほど職能等級も高く,従事する作業等級も高いというように,全ての等級が合致するタイプの等級制,分業型の等級制になる。これにたいして,流通労働に導入されるのは,労働者に支払われる賃金の等級と労働者が実際に行う作業の内容とが必ずしも一致しないタイプの等級制,協業型の等級制になる。