著者
永江雅和
出版者
専修大学経済学会
雑誌
専修経済学論集 = Economic bulletin of the Senshu University (ISSN:03864383)
巻号頁・発行日
vol.48, no.2, pp.77-92, 2013-11

私立鉄道会社の経営にとって、出発時の用地買収は重要な課題である。1923年設立された小田原急行鉄道株式会社(現小田急電鉄株式会社)が沿線用地をどのように買収し、駅を設置してきたのか、沿線地域の史料をもとに検討した。第1に注目される点は創業者利光鶴松のネットワークである。政治家時代に自由党に入党し自由民間活動家や東京市政関係者と親交を結んだ利光は、これらのネットワークを活用して、沿線地域との交渉を行った。第2の論点は駅の設置場所を巡る交渉である。沿線地域のなかでも多摩川以西の神奈川県内陸部の自治体は、東海道線開通以後、県の動脈が沿岸に集中したことから、内陸部の鉄道敷設を渇望しており、少数の例外を除き同社の路線敷設に賛成であった。ただ用地買収条件については、個別の土地所有者の利害が存在し交渉は難航した。小田原急行側は、後発私鉄であるがゆえに、隠密の用地買収を行うことができず、地域有力者の調停が不十分な場合、駅設置の有無、設置場所を交渉カードとして用いた事例が確認された。駅用地についても従来は地元自治体が好意的に寄付を行う事例が多かったと述べられているが、実際には寄付は同社から要求されているケースが多く、駅の設置をめぐり、沿線自治体内外で紛争が生じる場合も存在したことを地域文献を元に明らかにしている。
著者
清水 真志
出版者
専修大学経済学会
雑誌
専修経済学論集 = Economic bulletin of the Senshu University (ISSN:03864383)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.119-169, 2019-12

流通労働者に求められるのは,不確定な領域で自分の感情をコントロールする精神的なタフさと,買い手の目に自分をいかにも有能らしく印象づける狡猾さとである。これらは演技的性格を帯びた技能・熟練である。流通労働者の職歴や等級は,彼の演技に説得力をもたせるための舞台衣装として用いられる。ただ,不特定多数の顧客を相手にする流通労働では,誰の技能・熟練がどの顧客に通用するか分からないため,チーム単位で働く協業のスタイルが基本になる。流通労働者の技能・熟練は,チーム単位で共有される「集団力」として規定しなければならない。「集団力」にかんするマルクスの議論では,生産労働における協業が念頭に置かれており,大人数が1箇所に集まることの効果が一面的に強調されていた。しかし流通労働に適合するのは,少人数のチームがあちこちに散開して「集団力」を発揮するという分散型の協業である。流通労働はチーム単位で行われるが,流通労働者の雇用は個人単位で行われるため,チームの内部には等級の違いが生まれる。流通労働と等級制との関係を考察するためには,等級制があくまで分業に特有の制度であるという先入観と,分業があくまで協業とは別個の生産方法であるという先入観とをどちらも取り払わなければならない。流通労働における協業は,手の空いている誰かが手の塞がっている誰かのピンチヒッターを務めるという「複雑な協業」のパターンを取る。「複雑な協業」は,他人とは違う作業手順を発見しようとする分業の芽を孕んでおり,この芽の活かし方をめぐって等級制が導入される余地が生まれる。生産労働に導入されるのは,賃金等級の高い労働者ほど職能等級も高く,従事する作業等級も高いというように,全ての等級が合致するタイプの等級制,分業型の等級制になる。これにたいして,流通労働に導入されるのは,労働者に支払われる賃金の等級と労働者が実際に行う作業の内容とが必ずしも一致しないタイプの等級制,協業型の等級制になる。
著者
中島 巖
出版者
専修大学経済学会
雑誌
専修経済学論集 = Economic bulletin of the Senshu University (ISSN:03864383)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.61-86, 2014-11

民間からの実物資源の買上げを企図した貨幣の発行, すなわち貨幣創造がもたらす収益差は創造益(seigniorage)と呼ばれる。 伝統的理論において, 創造益の最適水準を問う際の最適性は, Phelps の資本蓄積の黄金律のそれに形式的類似性をもつ。すなわち, 貨幣当局が完全予見定常均衡で測った費用, 便益に基づき貨幣供給成長率を選ぶものである。 これに対し, Friedman は, 期待インフレ率を政策変数として創造益の最大化を図る目標を提示した。 さらに, Calvo は, その最大化に際して創造益の割引現在価値を対象値とした。 他方, Romer は, 貨幣創造はハイパー・インフレーションとの相互関係の中で捉えるべきであるとし, 創造益の最大化から導かれる貨幣成長率と創造益の間のLaffer 曲線に対し, Cagan の提示するハイパー・インフレーション時の貨幣需要函数を適用し, 貨幣創造がハイパー・インフレーションの無条件的発生要因ではないことを主張した。しかるに, 貨幣需要に確率過程にしたがう確率変数が作用するとき, Laffer 曲線は, 右上方に, あるいは, 左下方にシフトする可能性が確かめられ, とりわけ, 前者の場合においては, 通貨当局が創造益追求を拡大し得る余地が増し, それに伴ってハイパー・インフレーションが昂進する可能性の増大化が帰結される。また, 貨幣需要の構成要因である名目利子率と実物産出量の固定化の制約が緩められ, 後者の変動が許されるところで, 貨幣創造がハイパー・インフレーションを昂進させ得る情況が満たすべき条件が導かれる。
著者
山田 節夫
出版者
専修大学経済学会
雑誌
専修経済学論集 = Economic bulletin of the Senshu University (ISSN:03864383)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.41-50, 2018-07

特許出願数は,研究開発の成果を意味する指標としてイノベーション研究に頻繁に用いられている。それは,研究開発費と特許出願数の間に安定的な正の関係が見いだされるからに他ならない。しかし,近年の日本において,研究開発費の増勢傾向に変化がないにも関わらず,特許出願数の持続的減少が観察されている。研究開発費と特許出願数の間には,様々な要因が作用していると考えられるが,もしその主要な要因が研究開発生産性の低下であるなら,こうした現象は深刻な事態を意味していることになる。ただし,1988年に導入された「改善多項制」の影響が大きいとも考えられる。そこで本稿では「改善多項制」の影響を十分に考慮した「特許出願関数」を設定し,1985年~2007年における日本の主要産業に属する東証一部上場企業312社のプーリング・データを作成し推計した。推計の結果,特許出願数の減少傾向は主として「改善多項制」の利用の普及にあることが明らかとなった。
著者
中島 巖
出版者
専修大学経済学会
雑誌
専修経済学論集 = Economic bulletin of the Senshu University (ISSN:03864383)
巻号頁・発行日
vol.50, no.2, pp.77-98, 2015-11

土星(Saturn)の第7衛星であるピペリオン(Hyperion)の予測不能な回転運動が天体力学におけるカオス運動の観測例であった。その後,最初に研究対象となったカオス運動発生可能なモデルの範疇は振動理論(theory of oscillations)からのものであった。その最初の一般的議論はロシア学派によって展開された。そこでは,理論に留まらず実験の過程をも含んだカオス運動発生モデルの実例がVan der Pol とVan der Mark によって提示されるに至った。1927年のことであった。現在マクロ経済学において重用されているHopf 分岐の議論は,上のVan der Pol の振動モデルから発想を得たものであった。Hopf 分岐は,非振動的運動からリミット・サイクル(limit cycle)運動が発生する可能性を説くものである。以下では,Van der Pol 方程式の例に拠りながらHopf 分岐が発生する過程を確認した後に,生産用役としての資本が利他的選好をもつ親世代から子世代へと遺贈されていく世代重複生産経済において,かかるHopf 分岐が発生するための条件を導く。若年者が賦存労働を自由に弾力的に供給し,生産を組織し,利他的選好をもつ老年者が自らの消費決定と次世代への遺贈水準の決定とを行っていく世代重複経済において,生産過程における労働・資本間の代替弾力性をパラメータとするとき,上の代替弾力性が経済の全所得のうちに資本所得が占める資本分配率を下回るとき,Hopf 分岐が発生し得ることが帰結される。
著者
永江雅和
出版者
専修大学経済学会
雑誌
専修経済学論集 = Economic bulletin of the Senshu University (ISSN:03864383)
巻号頁・発行日
vol.48, no.2, pp.77-92, 2013-11

私立鉄道会社の経営にとって、出発時の用地買収は重要な課題である。1923年設立された小田原急行鉄道株式会社(現小田急電鉄株式会社)が沿線用地をどのように買収し、駅を設置してきたのか、沿線地域の史料をもとに検討した。第1に注目される点は創業者利光鶴松のネットワークである。政治家時代に自由党に入党し自由民間活動家や東京市政関係者と親交を結んだ利光は、これらのネットワークを活用して、沿線地域との交渉を行った。第2の論点は駅の設置場所を巡る交渉である。沿線地域のなかでも多摩川以西の神奈川県内陸部の自治体は、東海道線開通以後、県の動脈が沿岸に集中したことから、内陸部の鉄道敷設を渇望しており、少数の例外を除き同社の路線敷設に賛成であった。ただ用地買収条件については、個別の土地所有者の利害が存在し交渉は難航した。小田原急行側は、後発私鉄であるがゆえに、隠密の用地買収を行うことができず、地域有力者の調停が不十分な場合、駅設置の有無、設置場所を交渉カードとして用いた事例が確認された。駅用地についても従来は地元自治体が好意的に寄付を行う事例が多かったと述べられているが、実際には寄付は同社から要求されているケースが多く、駅の設置をめぐり、沿線自治体内外で紛争が生じる場合も存在したことを地域文献を元に明らかにしている。
著者
加藤 浩平
出版者
専修大学経済学会
雑誌
専修経済学論集 = Economic bulletin of the Senshu University (ISSN:03864383)
巻号頁・発行日
vol.48, no.2, pp.1-20, 2013-11

統一後の東ドイツ経済は、中核都市での伝統的製造業の復活、新興産業の一気の移植、サービス経済化の進展などにより発展が見られる一方で、これまでの復興政策の見直しが始まっている。依然解消されない西側ドイツとの経済格差は、ドイツ分断に由来する東ドイツに固有の成長障害に根差すというより、西側でも一般的に見られる構造不況地域の問題であるとの認識が広まり、投資を広く誘導する従来の政策からイノベーションを促進する政策へと重点が移行され、教育機関の整備、R&D活動の支援が模索されている。また従来の復興政策では、市町村を始め地方自治体が上位自治体から財政援助を受けて、インフラ整備、都市再開発、住宅建設などを推し進め東部復興の主要な担い手となってきたが、連邦の特別財政援助の打ち切りが決まった現在、財政基盤の脆弱な地方財政の健全化が迫られている。さらに出生率低下による人口動態上の変化は、東ドイツの今後の経済発展にとり大きな制約条件となるだろう。