著者
滝沢 龍 笠井 清登 福田 正人
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.41-46, 2012 (Released:2017-02-16)
参考文献数
34

現在の臨床精神医学の克服すべき点の1つに,診断と治療に役立つ生物学的指標を探索・確立することがある。今回は,発達(個体発生)や進化(系統発生)の視点から,生物学的精神医学において必要な脳研究の方向性に示唆が得られないか探ることをテーマとした。人間の脳の発達・成熟のスピードは部位によって異なり,より高次の機能を担う部位では遅く始まると想定されている。思春期には,前頭前野のダイナミックな再構成が起こり,この時期の発達変化の異常が統合失調症などの精神疾患の発症と関連している可能性も指摘されている。進化の視点からは,前頭前野の中でも前頭極や言語機能に関連する脳部位が人間独特の精神機能と関連するとして注目が集まってきている。進化論により注目される脳部位と,それに関連する最も高次な認知機能への理解が進むことは,人間独特の精神機能や,その障害としての精神疾患への鍵となる見識をもたらすことが期待される。
著者
滝沢 龍
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2016-04-01

数万人規模の英国等で行われる複数の出生コホートの縦断的データを用いて、子ども期の逆境体験[虐待、いじめ、貧困(養育者の低い社会経済的地位)、本人の精神・行動障害(抑うつ・不安・精神病症状・自傷・希死念慮等)、養育者の精神障害等]が成人に至る一生涯の健康・生活への影響を立証するために生涯発達の視点から検討を続けている。英国ロンドン大学で行われる世界中の共同研究者との研究会議に定期的に参加し、解析・公表や次の計測計画について議論している。子ども期のいじめ被害体験が成人の健康サービスに及ぼす影響を社会的コストとして捉えて、英国King's College LondonとLondon School of Economicsとの英国大規模コホートを用いた共同研究で、子ども期のいじめ被害による50代までの社会的コスト[雇用・ヘルスサービス費用・貯蓄資産など]への影響が甚大であることを初めて明らかにし、学校での予防教育プログラムの費用の方が安価であることを示した(Brimblecombe et al, Social Science and Medicine. 2018)。これは逆境体験の累積インパクトを、「社会的コスト」によって<見える化>する試みであり、今後の健康政策・教育政策に示唆を与える結果である。