著者
加藤 敏
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.53-59, 2012 (Released:2017-02-16)
参考文献数
23

1964年進化生物学者のHuxleyらが初めて,統合失調症発症にかかわる遺伝子には「遺伝的モルフィスム」(genetic morphism)が含まれ,統合失調症は進化異常(evolutionary anomaly)であるという見解を出した。この考え方を発展する形で,Crowは,ヒトの種に成功をもたらした言語ゆえに,ヒトは統合失調症発症という代償を強いられたと考える。Crespiらは,統合失調症の重要な感受性遺伝子がヒトの進化に関わる遺伝子であることを明らかにした。この種の研究は,人間の進化に関する遺伝子解析を考慮のうちに入れる形で,統合失調症の生物学的解明を行うことを試みるもので,生物学的精神医学における今後の統合失調症の病態解明に重要な展望を拓くといえる。統合失調症の有病率が地域,民族で必ずしも均一ではないという最近の疫学知見は,遺伝子レベルでは統合失調症感受性遺伝子の集積性に種々の変異があることを示唆する一方,統合失調症の顕在発症を考える上では,社会・文化環境の要因も重要であることの傍証となる。
著者
八幡 憲明 石井 礼花
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.22, no.4, pp.253-256, 2011 (Released:2017-02-16)
参考文献数
11
被引用文献数
1

注意欠如・多動性障害(ADHD)は,発達の水準に不相応な不注意・多動・衝動性という3 つの行動的特長を呈する障害である。従来,その病態においては実行機能の障害が示唆されていたが,近年は主に衝動性との関連から報酬系回路の障害も指摘されている。本稿では,ADHD患者において報酬系回路の活動性を検討することの意義について述べ,同分野における最近の脳機能画像研究をまとめると共に,今後の研究の発展性について検討を行う。
著者
功刀 浩 古賀 賀恵 小川 眞太郎
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.54-58, 2015 (Released:2017-02-16)
参考文献数
12
被引用文献数
1

海外では,うつ病患者において肥満,脂質異常,n-3 系多価不飽和脂肪酸,ビタミン B12 や葉酸,鉄,亜鉛などにおける栄養学的異常が発症や再発のリスクと関連するという報告が増えている。しかし,わが国におけるエビデンスは今のところ乏しい。特に精神科受診患者を対象とした研究はほとんどない。そこでわれわれは,うつ病患者と健常者における栄養素・食生活について調査し,予備的結果を得た。末梢血を採取し,アミノ酸・脂肪酸・ビタミン濃度等について詳細に測定した。食生活調査は食事歴法質問紙を使用した。うつ病群は健常者群と比較して肥満,脂質異常が多かった。脂肪酸では,エイコサペンタエン酸やドコサヘキサエン酸濃度について両群間で有意差は見られなかった。ビタミンでは葉酸が低値を示す者がうつ病群に有意に多かった。アミノ酸では,うつ病群で血漿トリプトファン値が有意に低下していた。鉄や亜鉛などのミネラルの血清中濃度に関しては,欠乏を示す者は患者と健常者の両群に高頻度でみられたが,両群の間で有意差は見られなかった。嗜好品では,うつ病患者は緑茶を飲む頻度が低い傾向がみられた。以上から,海外での先行研究と必ずしも一致しないものの,日本のうつ病患者においても栄養学的問題が多数みられることが明らかになり,うつ病患者に対する栄養学的アプローチの重要性が明らかになった。
著者
大橋 綾子 柳田 諭 林 美穂 本村 啓介
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.117-126, 2011 (Released:2017-02-16)
参考文献数
66

強制水泳試験は,抗うつ薬のスクリーニングをはじめとして,ラットやマウスのうつ病様行動を評価する行動試験として,広く用いられてきた。しかし,強制水泳試験の行動上の結果と,脳内各部位におけるニューロンの活動性との関係には,未だ不明な点も多い。本稿では強制水泳試験の神経基盤について,これまでの研究の知見から主なものを紹介する。
著者
石井 啓義 平川 博文 寺尾 岳
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.30-34, 2020 (Released:2020-03-30)
参考文献数
35

元素のひとつであるリチウムは,双極性障害や治療抵抗性うつ病の治療薬として広く使用されている。最近の研究では,リチウムは自殺予防効果や認知症予防効果を有することを示唆する報告が散見され,さらにこれらの効果は臨床的に使用される治療濃度よりもはるかに低濃度でも発揮する可能性がある。今回,水道水や血中に含まれる微量なリチウムと自殺や認知症との関連について,筆者らの調査を含めて解説する。微量なリチウムのメンタルヘルスへの効果を明らかにするにはさらなる調査が必要である。
著者
加藤 隆弘
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.21, no.4, pp.229-236, 2011 (Released:2017-02-16)
参考文献数
59

ミクログリアは,中胚葉由来のグリア細胞で,静止状態では樹状に突起を伸展して脳内の監視役としてシナプス間を含む微細な環境変化をモニターしている。環境変化に敏速に反応し活性化するとアメーバ状に変化し,脳内力動の主役として,脳内を移動し,サイトカインやフリーラジカルとい った神経障害因子および神経栄養因子を産生する。こうして,神経免疫応答・神経障害・神経保護に重要な役割を担い,神経変性疾患や神経因性疼痛の病態に深く関与している。我々は,抗精神病薬や抗うつ薬にミクログリア活性化抑制作用があることを in vitro 研究で見出し,ミクログリア活性化とその制御を介した精神疾患の病態治療仮説を提唱している。さらに,筆者は,無意識を扱う力動精神医学の立場から,日常の精神活動や無意識に果たすミクログリアの役割にも関心を寄せている。本稿では,我々の仮説を国内外の知見とともに紹介し,これからの本研究領域の方向性・可能性を検討する。
著者
菊地 裕絵
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.80-83, 2016 (Released:2018-02-08)
参考文献数
7

サリンはアセチルコリンエステラーゼ阻害作用を有する毒性物質である。コリンエステラーゼ活性は 3 ヵ月で回復するとされるものの,慢性的に持続するもしくは新たに生じる所見や症状も報告されている。サリンによる長期的な影響は,1994 年の松本サリン事件および 1995 年の東京地下鉄サリン事件の被害者の複数年にわたるフォローアップを通して調査が行われており,身体症状では全身倦怠感やめまいといった症状のほか,眼が疲れやすい,見えにくいといった眼症状が比較的高率に認められている。また慢性期の検査所見としては,重心動揺検査や眼科検査での異常が報告されている。サリンによる慢性期の身体症状のなかには,何らかの身体的異常所見を伴い,神経学的後遺症としてとらえられうるものがあると推察され,引き続き,病態生理や機序の解明が求められる。一方で外傷体験に伴う心理的要因の関与は身体的要因と排他的なものではないこと踏まえても,被害者の慢性期の身体症状について心身両面からの視点を持つことは重要である。
著者
菱本 明豊
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.39-46, 2010 (Released:2017-02-15)
参考文献数
36

アルコール依存とアルコール関連問題は医学・医療上の課題と社会・経済的課題とが複雑に絡み合い,きわめて広範囲・多岐にわたる分野からの解明,解決が急がれている。この項ではアルコール依存の生物学について概説した。アルコール依存の生物学的基盤はドパミンが介在する報酬系システムとグルタミン酸神経伝達系が介在する脳の可塑性, 記憶,学習の機構との相互作用が重要であると考えられている。
著者
黒川 駿哉 岸本 泰士郎 真田 健史 三村 將
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.30, no.2, pp.55-59, 2019 (Released:2019-12-28)
参考文献数
21

腸内細菌叢とその代謝産物が,腸を介して脳に作用し,相互に影響し合うという腸内フローラ‐腸‐脳軸(microbiota‐gut‐brain axis)が注目されている。自閉症スペクトラム障害(autism spectrum disorder:ASD)は精神神経科領域において,microbiota‐gut‐brain axisについての報告が最も多い疾患の一つである。健常と比べてASDでは特定の菌種・構成パターンの違いや多様性の乱れ(dysbiosis)が報告されている一方で,このdysbiosisを復する目的で,腸内細菌叢移植(fecal microbiota transplantation:FMT)などの新しい試みについての報告も出てきている。本稿では,最新の腸内細菌叢の観察研究および介入研究について紹介し,治療応用や病態理解の可能性など今後の展望について述べる。
著者
加藤 隆弘 扇谷 昌宏 渡部 幹 神庭 重信
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.140-145, 2015 (Released:2017-02-16)
参考文献数
29

死後脳研究や PET を用いた生体脳研究により,統合失調症患者,自閉症患者,うつ病患者において脳内免疫細胞ミクログリアの過剰活性化が次々と報告されている。他方で,ミクログリア活性化抑制作用を有する抗生物質ミノサイクリンに抗精神病作用や抗うつ作用が報告されており,筆者らは既存の抗精神病薬や抗うつ薬が齧歯類ミクログリア細胞の活性化を抑制することを報告してきた。筆者らはこうした知見を元に,精神疾患におけるミクログリア仮説を提唱している。本稿では,精神疾患におけるミクログリア仮説解明のために現在進行中のトランスレーショナル研究を紹介する。 筆者らの研究室では,安全性の確立されている抗生物質ミノサイクリン投薬によってミクログリアの活動性そのものが精神に与える影響を間接的に探るというトランスレーショナル研究を萌芽的に進めており,健常成人男性の社会的意思決定がミクログリアにより制御される可能性を報告してきた(Watabe, Kato, et al, 2013 他)。精神疾患に着目したモレキュラーレベルのミクログリア研究では,技術的倫理的側面から生きたヒトの脳内ミクログリア細胞を直接採取して解析することは至極困難であり,モデル動物由来のミクログリア細胞の解析に頼らざるを得ない状況にあった。筆者らは,最近,ヒト末梢血からわずか 2 週間でミクログリア様細胞(induced microglia-like cells:iMG 細胞)を作製する技術を開発した(Ohgidani, Kato, et al, 2014)。精神疾患患者由来 iMG 細胞の作製により,これまで困難であった患者のミクログリア細胞のモレキュラーレベルでの活性化特性が予測可能となった。こうした技術によって,臨床所見(診断・各種検査スコア・重症度など)との相関を解析することで,近い将来,様々な精神病理現象とミクログリア活性化との相関を探ることが可能になるかもしれない。
著者
溝口 義人 鍋田 紘美 今村 義臣 原口 祥典 門司 晃
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.38-45, 2015 (Released:2017-02-16)
参考文献数
72
被引用文献数
1

がん,糖尿病,心血管疾患などの身体疾患,肥満など生活習慣病およびうつ病を含む精神疾患にはいずれも慢性炎症が病態に関与するとされる。心身相互に影響する共通の分子機序として,免疫系の関与が重要であるが,精神疾患の病態においては脳内ミクログリア活性化が重要な位置を占める。ミクログリアの生理的機能を解明しつつ,向精神薬の作用を検討していくことは今後も重要であり,うつ病を含む各精神疾患の病態仮説にかかわる BDNF の作用機序および向精神薬の薬理作用には細胞内 Ca2+シグナリングが関与すると考えられる。
著者
倉恒 弘彦
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.222-227, 2013 (Released:2017-02-16)
参考文献数
17

最近,慢性疲労症候群(CFS)と機能性身体症候群(FSS)との関連について取り上げられる機会が増えてきた。CFS は 1988年に米国疾病対策センター(CDC)が発表した病名であり,長期にわたって原因不明の激しい疲労とともに体中の痛みや思考力低下,抑うつ,睡眠障害などがみられるために日常生活や社会生活に支障をきたす病態の病因を明らかにするために作成された疾病概念である。一方,FSSは明らかな器質的原因によって説明できない身体的訴えがあり,それを苦痛として感じて日常生活に支障をきたす病態を1つの症候群としてとらえたものであり,CFSの概念が発表される以前より報告されてきた。1999 年,Wessely らは FSSに含まれるCFSや過敏性腸症候群などを調べてみると,これらには診断基準や症状,患者の特徴,治療に対する反応性などの点において共通性が多く,それぞれの病名にこだわるより,全体を1つの概念でとらえて分類するほうが建設的であると提唱している。そこで,本稿ではCFS と FSSとの関連を説明するとともに,最近明らかになってきた CFSの脳・神経系異常や病態生理について紹介する。
著者
門司 晃
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.31, no.3, pp.147-150, 2020 (Released:2020-09-25)
参考文献数
16

約20年前から激増し,10数年間にわたり年間3万人を超えていた本邦の自殺者数は,ここ数年間の減少の結果として,約20年前の水準である年間2万人程度に戻っている。これ以上の自殺者数の減少を実現させるためには,精神医学的対策がまさに現時点で求められている。神経炎症仮説は幅広い精神疾患に当てはまると考えられているが,最近の総説では,各々の精神疾患の中にこの神経炎症が重要な役割を果たす亜系ないしは臨床ステージが存在する可能性が指摘されている。具体的には重症例,治療抵抗例に並んで自殺関連行動例が挙げられており,それらに対しての抗炎症療法の有効性が示唆されている。自殺関連行動に関する新たな診断や治療法の開発にブレークスルーをもたらすことを期待しつつ,神経炎症仮説からみた自殺関連行動のバイオロジーについて概説した。
著者
渡辺 恭良
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.200-210, 2013 (Released:2017-02-16)
参考文献数
25
被引用文献数
2

我々は主に脳機能・分子イメージング手法を用いて,疲労および慢性疲労の分子神経メカニズムについて研究してきた。疲労の分子メカニズムについては,定量的・客観的な疲労バイオマーカーの開発により,研究が進化した。疲労度に応じて,①副交感神経系の機能低下,②酸化の進行と抗酸化能の低下,③修復エネルギー産生の低下,④免疫サイトカインの亢進とサイトカインによる炎症と神経伝達機能抑制,が疲労の分子メカニズムであり,慢性疲労に至るメカニズムでもある。また,疲労・慢性疲労の脳科学研究により,1)MRI morphometryにより日常生活に厳しい支障を来す慢性疲労症候群患者の前頭葉に萎縮が認められ,2)fMRI研究により,慢性疲労症候群患者の脳の一部のタスクによる脳全体の活動性低下が示唆された。3)脳磁図(MEG)を用いた研究では,活動回路の共振現象が見られること,疲労にもミラー現象や条件付けが起こることを明らかにした。一方,4) PET研究からは,急性疲労の疲労感を感じている部位や,慢性疲労症候群患者における前帯状回や前頭前野のアセチルカルニチン代謝低下や前帯状回のセロトニントランスポーターの密度低下が判明した。さらに最近,5)慢性疲労症候群患者脳の複数部位に神経炎症が発見された。一方,6)複数の疲労動物モデルを用いた研究からも,モノアミン神経系の変化や脳へのグルコース取り込み低下が判明した。これらの知見を有効に活かし,また,疲労度の定量的・客観的バイオマーカーを用いて,我々の生活を取り巻く様々な疲労・慢性疲労の軽減・回復法,過労予防法を展開してきた。
著者
油井 邦雄
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.146-153, 2015 (Released:2017-02-16)
参考文献数
36

ASD の病態には,ミトコンドリアの機能障害,これと密接に関連するグルタチオン生成障害,さらに総合的抗酸化能の低下の 3 タイプが存在し,予後も治療方向性も異なっている。特に,ミトコンドリア機能障害に付随する ASD 症状は神経症状,易疲労性,胃腸障害,運動機能遅滞,けいれんを示し,かつ難治なので,診断と病態の把握は予後と治療にとって重要である。診断に役立つバイオマーカーとしては血液中の酪酸,尿中有機酸,血漿ピルビン酸,血清クレアチンキナーゼ,酸化アスコルビン酸(モノデヒドロアスコルビン酸,MDA),血液中の酪酸 / ピルビン酸の比,血清のアスパラギン酸トランスアミナーゼとアラニン酸トランスアミナーゼなど多数が報告されている。グルタチオン生成障害は社会的相互性障害,コミュニケーション障害,限定的・常同的行為といった中核症状を示すASD でも認められる病態であり,ミトコンドリアの機能障害へ容易に移行する。診断にはグルタチオン(GSH)/ 酸化型グルタチオン(GSSG)比の低下がバイオマーカーとなる。中核症状を示す ASD の一般的な病態は総合的抗酸化能の低下であり,この診断には酸化ストレスの度合(ヘキサノイルリジン, HEL)総合的抗酸化能(total antioxidant capacity,TAC)が役立つ。病態指標を検索したうえで,より合理的な診断と治療選択,予後の判断が行われることを期待したい。
著者
岩田 正明
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.163-167, 2018 (Released:2019-11-01)
参考文献数
14
被引用文献数
1

うつ病の病態仮説は,これまでのモノアミン仮説から,モノアミンの活動の基盤となるシナプスやスパインの異常といった神経可塑性仮説に軸足を移しつつある。ケタミンやその類似薬が可塑性にフォーカスした即効性の抗うつ効果において注目されている一方,うつ病において神経が病的な可塑的変化をきたすメカニズムについては十分に解明されていない。うつ病発症の大きな要因であるストレスは神経の萎縮やスパインの減少を引き起こすが,この過程にうつ病の病態の大きな謎が隠されている。我々はストレスが生体の「免疫機構」によって感知され,その結果脳内で炎症反応が引き起こされることを見いだした。放出された炎症性サイトカインは神経障害を引き起こすことから,過剰な免疫応答の抑制をターゲットとした治療法が,うつ病治療の新しい切り口となる可能性がある。本稿ではその取り組みについて報告する。
著者
土田 英人
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.33-38, 2010 (Released:2017-02-15)
参考文献数
19

今日わが国では,薬物の多様化と薬物乱用の低年齢化が認められ,その問題は医学モデルのみに留まらず,社会経済や政策などの領域とも広く関わりを持っている。覚せい剤や PCP などは,統合失調症の疾患モデルとして解析が進められており,これらを手掛かりとした統合失調症の病態・病因の解明が期待される。本稿では,薬物依存の共通の基盤のひとつである脳内報酬系と,分子レベルでみた依存の形成過程について概説する。
著者
近藤 一博
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.218-221, 2013 (Released:2017-02-16)

現代はストレス時代と言われ,ストレスの蓄積状態である「疲労」による,うつ病や自殺が増加している。このような状況を打開するためには,疲労を客観的に測定して予防することが必要となる。 我々はこの目的のために,人の意志では変化しない疲労のバイオマーカーを検索し,唾液中に放出されるヒトヘルペスウイルス(HHV-)6による疲労測定法を開発した。HHV-6は突発性発疹の原因ウイルスで,100%の人の体内でマクロファージとアストロサイトに潜伏感染している。マクロファ ージで潜伏感染しているHHV-6は,1週間程度の疲労の蓄積に反応して再活性化し,唾液中に放出される。このため,唾液中のHHV-6の量を測定することによって中長期の疲労の蓄積を知ることができた。 さらに我々は,HHV-6の再活性化の分子機構を研究することにより,疲労因子(FF)と疲労回復因子(FR)の同定に成功した。FF と FRは末梢血検体で測定可能で,被験者の疲労の定量だけでなく,回復力の評価も可能であることが明らかになってきた。 HHV-6は,ほぼ 100%のヒトで脳の前頭葉や側頭葉のアストロサイトに潜伏感染を生じている。この潜伏感染HHV-6も,ストレス・疲労によって再活性化が誘導されると考えられる。 我々は,脳での再活性化時に特異的に産生される,HHV-6潜伏感染遺伝子タンパクSITH-1 を見出した。SITH-1発現は,血液中の抗体産生に反映され,血中抗SITH-1抗体を測定することによって,脳へのストレスと疾患との関係を検討することが可能であった。抗 SITH-1抗体陽性者は,主としてうつ病患者に特異的にみられ,抗 SITH-1抗体がうつ病のバイオマーカーとなることが示唆された。 さらに,SITH-1タンパクを,ウイルスベクターを用いてマウスのアストロサイト特異的に発現させたところ,マウスはうつ症状を呈することがわかった。これらのことより,脳へのストレス・疲労負荷は,潜伏感染HHV-6の再活性化を誘導することによって,潜伏感染タンパクSITH-1を発現させ,うつ病の発症の危険性を増加させるというメカニズムが示唆された。
著者
加藤 隆弘 扇谷 昌宏 渡部 幹 神庭 重信
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.2-7, 2016 (Released:2017-09-26)
参考文献数
26
被引用文献数
1

脳内の主要な免疫細胞であるミクログリアは,さまざまな脳内環境変化に応答して活動性が高まると,炎症性サイトカインやフリーラジカルといった神経傷害因子を産生し,脳内の炎症免疫機構を司っている。ストレスがミクログリアの活動性を変容させるという知見も齧歯類モデルにより明らかになりつつある。近年の死後脳研究や PET を用いた生体脳研究において,さまざまな精神疾患患者の脳内でミクログリアの過剰活性化が報告されている。精神疾患の病態機構にストレスの寄与は大きく,ストレス→ミクログリア活性化→精神病理(こころの病)というパスウェイが想定されるがほとんど解明されていない。 筆者らの研究室では,心理社会的ストレスがミクログリア活動性を介してヒトの心理社会的行動を変容させるという仮説(こころのミクログリア仮説)を提唱し,その解明に向けて,動物とヒトとの知見を繋ぐための双方向性の研究を推進している。健常成人男性においてミクログリア活性化抑制作用を有する抗生物質ミノサイクリン内服により,強いストレス下で性格(特に協調性)にもとづく意思決定が変容することを以前報告しており,最近筆者らが行った急性ストレスモデルマウス実験では,海馬ミクログリア由来 TNF-α産生を伴うワーキングメモリー障害が TNF-α阻害薬により軽減させることを見出した。本稿では,こうしたトランスレーショナル研究の一端を紹介する。
著者
吉村 玲児
出版者
日本生物学的精神医学会
雑誌
日本生物学的精神医学会誌 (ISSN:21866619)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.83-87, 2011 (Released:2017-02-16)
参考文献数
26

うつ病の脳由来神経栄養因子(BDNF)の血中動態について概説した。うつ病・うつ状態では,脳でのBDNF産生および血小板からのBDNF分泌が低下しており,これが血中(血清および血漿) BDNF低下として反映されると考えられる。血清BDNF濃度の低下とうつ病重症度(ハミルトンうつ病評価尺度17項目得点)とは相関していた。血中BDNF動態はうつ病・うつ状態のバイオマーカ ーとして有用であるが,特異度に問題がある。Long-term depression やアポトーシスとの関連が指摘されているproBDNFも合わせて測定することで,BDNFのバイオマーカーとしての有用性が高まる可能性がある。