著者
田 栄富
出版者
久留米大学経済社会研究会
雑誌
経済社会研究 = The journal of the Society for Studies on Economies and Societies (ISSN:24332682)
巻号頁・発行日
vol.60, no.4, pp.19-46, 2020-05-25

本稿は介護サービス賃金上方硬直性について,女性非正規労働者の労働供給が弾力的であること,介護サービス業の短時間労働者の時間当たり賃金が優位性を持つこと,および介護サービスの特徴的なコスト構造という 3 つの点から検証を試みた。結果として,近年は特に45歳以上の女性非正規労働者供給が弾力的であり,介護サービスの主な 3 職業の時間当たり賃金は絶対額でも相対額でも一定の優位性を保っていた。3 点目については,サービスの生産・提供がマンパワーに強く依存するため,資本投入による生産性の改善が難しい一方,人件費コストが事業収入の7割弱を占めていることから,賃上げを難しくしている。これらの要因から賃金の上昇が抑制されている可能性が高い。2018年現在,30 ~ 54歳女性の労働力率は既に78%に達し,「M字カーブ」が解消され,これから女性労働力の供給が大幅に増加することは望めないだろう。今後,小売,飲食等の対人サービス業で資本投入が増え労働生産の改善が賃上げに繋がる事態が起これば,介護サービス業の賃金も追随する必要に迫られよう。
著者
田 栄富 盧 虹
出版者
久留米大学経済社会研究会
雑誌
経済社会研究 = The journal of the Society for Studies on Economies and Societies (ISSN:24332682)
巻号頁・発行日
vol.59, no.4, pp.41-60, 2019-09-25

介護サービス利用者数の増加及び介護重度化が介護費用を膨らませた。営利法人が参入できる居宅サービスや地域密着型サービスの給付費も大幅の上昇となっている。しかし,そのような介護保険サービス分野では,参入しやすい特徴があるため競争も激しい。各種サービスの収支差率が低下する傾向にある。大手介護企業の経営面においても,営業利益率は介護売上が大きいほど上位にあることが確認できた。つまり,介護業界でも経済の規模効果が存在する可能性は十分ある。また,介護売上原価率を比較した結果,介護売上上位の企業が原価以外の「販売費及び一般管理費」とのコスト管理は小企業より優れている可能性がある。さらに,臨時正規比率と1人当たり生産額を組み合わせで,臨時正規比率が低いほど1人当たり生産額は高い傾向にある。
著者
田 栄富 王 橋
出版者
久留米大学経済社会研究会
雑誌
経済社会研究 = The journal of the Society for Studies on Economies and Societies (ISSN:24332682)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.25-44, 2019-01-25

日本介護保険制度が実行されてから,介護費用が膨らみ,介護財政を圧迫し,第1,2号被保険者は保険料負担の増加を強いられている。今後の負担は更に重くなる。一方,介護サービス業は国民経済におけるパフォーマンスを確実に増している。投入構造で確認できた介護サービス業は粗付加価値投入であり,そのなかで雇用者所得は93.5%に達している。介護保険三施設の長期労働生産性を計測した結果,全産業平均を大きく下回っている。同部門は日本の産業部門においても有数の成長部門であり,労働・資本等の生産要素がこの部門に集約しつつある。しかし,低労働生産であり,資源配分を歪める恐れもある。また,労働生産性と賃金の間には密接な関係が確認されている。介護サービス業の低労働生産性は必然的に賃金に影響する。つまり低労働生産性から低賃金へという成り行きは従業員の高離職率,低い定着率をもたらす。結局,介護サービス業は人手不足という事態に直面する。賃金を引き上げるには,公定価格の介護報酬のもとでいかに労働生産性を上昇させるかが重要な課題である。
著者
田 栄富 励 利
出版者
久留米大学経済社会研究会
雑誌
経済社会研究 = The journal of the Society for Studies on Economies and Societies (ISSN:24332682)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.27-57, 2019-11-25

介護保険制度の実施は介護サービスの準市場への移行であり,この準市場において事業者間の競争の存在が確認された。介護サービスの需要と供給動向は介護の社会化を示しており,制度導入の効果ということができる。しかし,介護サービス市場は一般自由市場と異なり,サービス報酬が公定価格のため短期にはサービスの供給は需要の大きさに依存する。介護報酬の改定,第1号被保険者数の増加,要介護認定率,介護サービス受給率等の要因変動は介護サービス市場に大きな影響を与えるが,介護サービスの需要と供給曲線の形は短期と長期で異なったものとなる。また,政府と保険者の政策変化による影響が顕著になっており,準市場としての欠陥も明らかになっている。介護保険財政は賦課方式を採用し,公費投入と介護保険料で賄っている。少子高齢化が進む中で介護財政を維持していくために,政府は公費投入の増加及び介護保険料の引き上げを実施し,介護サービスの需要と供給をコントロールしてきた。しかしながら,これからの認知症高齢者とチャイルドレス高齢者の増加は確実に介護サービス需要増へと繋がり,さらに,介護職員不足の顕著化はサービス供給にも深刻な影響を与える。人口構造と社会経済が大きく変化する中,現在の介護保険制度,準市場としての介護サービス市場はもはや限界に近く,制度を持続可能的に維持していくための抜本的な改革が求められている。