著者
田口 正樹
出版者
北海道大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2002

今年度は、前年度に収集した「ドイツ・スイス中世書庫カタログ」と「オーストリア書庫カタログ」の分析を継続するとともに、これらの史料集の刊行以後に公にされたデータやこれらがカバーしていない地域についても情報を収集し、あわせて考察を試みた。調査から浮かび上がった中世後期の学識法蔵書の姿は多様であり、一般的な言明は容易でないが、全体として見ると1450年ごろに変化が生じたように思われる。それ以前は、書庫の所在、蔵書の保有者、蔵書の内容などすべてにおいて教会的性格が顕著であり、法学文献の中心は教会法で、かなりの数見られるローマ法文献もそれと結びつく限りで現れる。蔵書目録の中には、金印勅書や助言学派の助言文献を教会法文献として分類する例もある。一方、1450年以後になると、いくつかの都市で都市参事会の書庫が確立しはじめるとともに、俗人の蔵書も知られるようになり、ローマ法文献の数も以前より増えてくる。またこの時期には、活版印刷術の発展ともおそらく関係して、都市や教会が新たに法学文献の入手を積極的に行う例がいくつか見られる。こうした動きは16世紀にも継続されていき、それまで学識法と最も縁遠かった下級貴族のもとでも、学識法文献が見いだされるに至るのである。以上の整理は、上記史料集がカバーする南・中ドイツだけでなく北ドイツでもおおよそ妥当するように思われる。一方、ドイツ以外の地域としてベルギーの状況と比較すると、ベルギーの方が、ローマ法文献がより早くから豊富に所在するように見えるが、この点はなお詳しい分析を要する。また、法学文献の利用状況を示す史料を余り多く見いだせなかったため、文献の所在とは別にその利用を詳しく解明することは課題として残った。
著者
田口 正樹 石川 武 山田 欣吾 石部 雅亮 村上 淳一 石井 紫郎
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2004

本研究は、西洋と日本の歴史の中で法が有した統合作用を、そのさまざまな側面について検討した。その際、法そのものの持つ内実よりも、法が表出される様式、広い意味での法の「かたち」に注目するという視角を採用し、史料論および文化史の手法を参照しつつ、研究を進めた。史料論との関係では、古代末期・中世初期イタリアの文書史料、ドイツ中世中期の法書史料、西洋中世中期から初期近代(近世)にかけての法学文献とその体系、日本中世の日記を取り上げて、文字記録が支配と統合にとって有した意味、法書の国制像におけるラント法とレーン法の関係、lnstitutiones体系による法素材の整理と統合、京都を舞台とした「政治」の諸相などを解明した。文化史的研究に対しては、中世ドイツ人の国家像、中世中期ドイツの国王裁判、中世後期ドイツの貴族の実力行使(フェーデ)を考察対象として応接し、ローマ帝国を最終帝国とする歴史神学的世界観の意義、貴族間の紛争解決ルールの変容、フェーデにおける名誉や公衆の意義、などの問題が論じられた。更に転換期における法の「かたち」を、古代末期ローマ帝国の贈与に関する皇帝勅答、近世ドイツ都市における法類型、近世ドイツの大学における法学教育などを取り上げて検討し、皇帝政府による勅答を通じた諸利害の調整、中間権力と雑多な法を組み込んだ領邦君主の支配体制、近世の法学入門文献による法学諸分野の関連づけと歴史法学によるその改変などを明らかにした。最後に、「統合」そのものが現代世界において持つ意味と、日本の歴史上現れる「統合」の特徴的なパターンを、ドイツの社会学者ニクラス・ルーマンの後期の思考と日本古代から近代に至るまでの、公的ないし半公的な歴史叙述を対象として考察し、統合が構造的に生み出す排斥や、中心権力に奉仕する者たちの由緒の歴史という統合パターンを論じた。