著者
田村 哲也 吉尾 雅春
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Be0008, 2012 (Released:2012-08-10)

【目的】 放線冠梗塞例における歩行やADLの予後を良好とする先行研究は幾つか散見されるが、その経過に難渋する場合も珍しくはない。放線冠梗塞は他の主幹動脈閉塞に伴う梗塞と比較して病巣のサイズが小さいため軽症に留まることもあるが、神経ネットワークを考慮すれば病巣の局在がどの位置に存在するかは重症度を左右する重要な因子になると考える。今回、放線冠梗塞例の病巣の局在と運動機能を検討し新たな障害の解釈と治療戦略に関する知見を得ることができたので報告する。【方法】 当院に入院した発症後2ヶ月未満の初発放線冠梗塞13例(平均年齢68.5±13.2歳、男性7例、右損傷8例)を対象とした。なお1)20mm以上の梗塞、2)内包におよぶ損傷の進展、3)不明瞭な病巣を除外条件とし、それを満たさない例は予め対象外とした。画像所見は入院時に撮影したCT画像を用い(30.7±14.0病日撮影)、病巣の最大径が確認できた脳梁体部レベルのスライスを採用した。病巣の局在はSong YMの方法に準じ、側脳室外側の最前部(A)と最後部(P)の距離AP、病巣の中心(L)と最後部(P)の距離LPを計測し、LP/APから矢状面における局在を特定した(Anteriority index:A index)。水平面の局在は島皮質(I)と側脳室壁(V)の距離IV、病巣の中心(L)と側脳室壁(V)の距離LVを計測し、LV/IVから特定した(Laterality index:L index)。運動機能の調査は診療録より退院時期に実施した下肢Brunnstrom stage(13例)、Time Up and Go test(11例)の評価結果を採用した(Br-stage:123.2±47.5病日、TUG:110±52.2病日評価)。その他、高次脳機能障害や下肢感覚障害の有無も追加して調査した。統計学的分析は対応のないt検定およびwelch検定を用い有意水準は5%未満とした。【説明と同意】 本研究は当院倫理委員会の承認を得て実施した。【結果】 対象全例における病巣の最大径は平均13.5±4.7mmで、病巣の局在を示すA indexおよびL indexは0.40~0.70(平均0.54±0.1)、0.15~0.47(平均0.38±0.1)の範囲であり、側脳室近傍の中央付近に病巣は集中した。運動麻痺が残存(Br-stage6未満)した6例のA indexは0.40~0.64(平均0.53±0.1)の範囲であった。しかし同様の範囲でも最大径が15mmに満たないラクナ梗塞例やL indexが0.45以上で外側に病巣が位置する4例は運動麻痺を認めなかった。次にTUGが13.5secの基準値(Shumway-cook)に満たない6例のA indexは0.42~0.64、L indexは0.36~0.46であった。運動麻痺の残存を認めない7例におけるTUG基準値clear群(4例)と非clear群(3例)の病巣の位置関係を比較するとclear群がA index:0.53~0.70、L index:0.15~0.39、非clear群はA index:0.42~0.50、L index:0.45~0.46であり、A indexに有意差を認めた。半側空間無視やpushing現象を有する例は存在せず、下肢感覚障害は2例に認めたが非clear群にその該当例はなかった。【考察】 調査の結果、下肢に運動麻痺が残存する例の病巣はA indexにおいて平均0.53±0.1に集中した。同様の手法で調査したSong YMの結果と比較して病巣が前方に位置した理由としては、Song YMは調査対象を構音障害例、上肢、下肢単麻痺例の3群で比較していることが要因として考えられる。いずれにしても側脳室近傍の中央付近の放線冠を皮質脊髄路が通過することを示唆する本結果は既存の報告と一致する。またラクナ梗塞例やL indexが0.45以上で外側に病巣が位置する例は運動麻痺が残存しなかったことからは皮質脊髄路の直接的な損傷を免れた可能性が推察され、予後を踏まえた治療の一助になると考える。次に運動麻痺の残存を認めない7例におけるTUG基準値clear群と非clear群の病巣の位置関係の比較では、非clear群は病巣が有意に後方に位置すると同時に傾向としてclear群よりも外側に局在することが示唆された。TUGは動的バランスの指標であり、バランス機能の基盤は運動出力系、感覚入力系、予測機構や適応機構等の姿勢制御を支える神経ネットワークに集約される。非clear群に運動麻痺や感覚障害を有する例がないことを考慮すると、バランス障害の背景に高次な神経ネットワークの損傷が関与している可能性が高い。特に非clear群の病巣として集中した側脳室近傍の放線冠の後外側は線条体の上部に位置する。よって運動関連領野および頭頂連合野を起始する皮質線条体投射の損傷の関与を仮定するとバランス機能の問題が誘発されると考えられ、非clear群がTUGの基準値を満たさない要因になったと推察される。【理学療法学研究としての意義】 画像所見は障害の解釈を深めると共に治療戦略を抽出するための一助になるが、神経ネットワークの理解がなければその活用は容易でない。また病巣のサイズだけでなく位置にも着目し症候との関係を分析する取組みは、効果的かつ要素還元的な治療戦略を導くことを可能にすると考える。