著者
百武 慶文
出版者
素粒子論グループ 素粒子論研究 編集部
雑誌
素粒子論研究 (ISSN:03711838)
巻号頁・発行日
vol.116, no.3, pp.C7-C16, 2008-08-20 (Released:2017-10-02)

超弦理論やM理論の低エネルギー極限を考えると、その相互作用は超重力理論で近似的に記述される。さらに摂動計算によってその次のオーダーを調べるとリーマンテンソルの4乗を含むような項が現れる。このオーダーの項はアノマリーを相殺するためには必要不可欠であり、量子効果を取り入れた重力理論の古典解を調べる上でも重要である。講演では摂動計算や超対称性によってリーマンテンソルの4乗のオーダーの項がどのような形で現れるかを概観する。一方、リーマンテンソルの4乗項は4次元N=8超重力理論の高次ループのカウンター項として現れる。そして近年超弦理論の摂動計算を駆使することで、4次元N=8超重力理論においてリーマンテンソルの4乗項よりも質量次元が高い項に対応するループに関しても、計算を実行できるようになってきた。4次元点粒子の量子重力理論で紫外領域で有限な理論が存在するかどうかは長年の懸案であったが、現在のところ4次元N=8超重力理論は有限であるという結論が支持されている。この話題についても触れる予定である。
著者
伊敷 吾郎 西村 淳 花田 政範 百武 慶文
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.70, no.6, pp.436-440, 2015-06

ブラックホールが熱力学的性質をもつ,という話をご存じだろうか.例えば,ブラックホールに対してエントロピーを定義することができ,実際ブラックホールの合体などの過程において,そのエントロピーが増大することは,古くから知られている.また,ブラックホールの周辺で粒子と反粒子が対生成するような量子効果を考えると,いわゆるホーキング輻射をとおして,ブラックホールが少しずつエネルギーを放出していることがわかる.この性質をもとに温度を定義することもできる.通常,熱力学的に振る舞う系は,非常に多くの力学的自由度からなっており,その系を巨視的に見ることによって初めて熱力学的性質が現れる.ではブラックホールの場合,その力学的自由度は何なのか.そもそも,アインシュタイン方程式の解として導かれるブラックホールが,どうしてエントロピーをもつのか.その起源は何なのか.この問いに答えるには,ブラックホールの内部構造を理解する必要がある.しかしブラックホールの中心には特異点が存在するため,重力の古典論である一般相対性理論では答えることができない.それ故この問題は,一般相対性理論を超えた重力の量子論的定式化の言わば試金石として,現在に至るまで盛んに議論されてきた.超弦理論は,重力を含む4つの基本的な相互作用と物質粒子を統一的に,量子論的に記述する理論である.しかし,従来の超弦理論は摂動論的に定式化されたものにすぎず,ブラックホールの熱力学的性質を理解するのは困難に見えた.ところが1990年代に入って状況は一変する.超弦理論におけるソリトン解が発見され,それがブラックホールを表すことがわかったからだ.特に1997年,Maldacenaはこのような考えを発展させて,ブラックホールの内部構造を超対称ゲージ理論で記述できると主張した.この超対称ゲージ理論は,ソリトン解のまわりの超弦の励起に対する有効理論として導かれる.また,この超対称ゲージ理論が定義される時空は平坦であり,ブラックホールが存在する時空よりも低い次元をもつ.このためMaldacenaの主張は,ブラックホールなどをホログラムのように記述できるとするホログラフィック原理を具体的に実現するものとも見なせる.この考え方を応用して,様々なゲージ理論の強結合領域における性質を,ブラックホール的な時空における古典論的計算から明らかにする研究も精力的に行われている.Maldacenaのもともとの主張を検証するには,超対称ゲージ理論の強結合領域での解析が必要となるため,一般には非常に難しい.これまでに得られている証拠の多くは,高い対称性や可解性のおかげで解析的な計算が可能な場合に限られていた.しかし,より一般的な場合に対して第一原理に基づく検証を行うには,超対称ゲージ理論の数値シミュレーションが最も直接的な方法であり,2007年頃からそうした研究が発展してきた.特に最近の研究では,これまでほとんど手がかりがなかった,ブラックホールが小さく,その地平面付近でも重力の量子論的な効果が無視できない場合について検証がなされた.