- 著者
-
磯崎 育男
- 出版者
- 千葉大学
- 雑誌
- 千葉大学教育学部研究紀要. 第1部 (ISSN:05776856)
- 巻号頁・発行日
- vol.42, pp.163-196, 1994-02-28
前章でみたように,主要国の行動,ポジションは,ラウンドの経過とともに,歩み寄りの方向で若干の変化がみられるが,いくつかの点で大きな隔たりもみられる。具体的には,(1)農業の国境調整措置,(2)輸出補助金,(3)国内支持,(4)交渉方法,(5)ガット・ルール問題,(6)動・植物の検疫制度において,それらのリンケージをからめ,濃淡を含めた対立がみられるが,ここでは特に前三者に関し個別に対立点等を整理してみよう。第一に,農業の国境調整措置では,アメリカが関税化を,ECが関税化を認めつつも,国境調整を存続させるリバランシングを提案している。ケアンズ・グループは,カナダがガット11条2項Cの存続を主張し,戦線を離れたものの,アメリカ案に近い提案となっている。一方,日本は,輸入数量制限を行っている品目についてアクセスを考慮しつつも,食糧安全保障論に基づき,例外措置を認めさせようとしている。次いで,輸入補助金に関しては,アメリカが相当程度の削減(10年間で90%以上)を農業保護の廃止を条件に主張しているのに対し,EC,日本とも漸進的削減,ケアンズ・グループは最終的に撤廃を含め一定期間内の削減をうたっている。第三の国内支持については,アメリカが最も貿易歪曲的な政策については10年間で75%以上,その他の貿易歪曲的な政策は30%以上の削減であり,EC及び日本は,わずかな削減(ECは支持総体の削減を考慮),ケアンズ・グループは,カナダの異論はあるもののアメリカ案に近い。ところで,ラウンドの中途で出されたドゼウ案,ヘルストローム案,ドンケル案が,どの提案に近いかを考察すると,全体として,さまざまな案の妥協の産物であるが,アメリカ案に近いことがわかる。国際貿易テクノクラート達の自由主義志向の強さが反映しているといってよい。この他に,北欧米,スイス案,オーストリア案も出されたが,ヨーロッパ経済地域(EEA)で,1991年からEFTAとECとの結合が図られてきており,EC寄りヘスタンスを変えてきている。韓国案は,非常に日本案に近いものとなっている。以上,ウルグアイ・ラウンドの農業交渉の構図を概観したが,このゲームは「過剰農産物の負担を誰に,どのようにおしつけるかという"ババ抜き"ゲーム」(佐伯)であるとともに,世界的視野を失った国益中心の交渉であると概括できよう。