著者
米田 翼 Yoneda Tsubasa ヨネダ ツバサ
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科 社会学・人間学・人類学研究室
雑誌
年報人間科学 (ISSN:02865149)
巻号頁・発行日
no.42, pp.15-29, 2021-03-31

人間学・人類学 : 論文アンリ・ベルクソンの『創造的進化』については数多くの先行研究がある。だが、本書の鍵概念のひとつである「適応」に焦点をあてた研究はほとんど存在しない。本研究の目的は、適応概念に焦点をあて、これを『物質と記憶』の再認論と結びつけるというアプローチを通して、ベルクソンの進化論を再構成することである。具体的には以下の手順で議論する。はじめに、彼の進化論の基本線を確認しつつ、進化と適応との関係をある程度確定しておく(2節)。次いで、二種類の適応概念、すなわち受動的適応と能動的適応をめぐる議論を詳細に分析する(3節&4節)。この分析を通して明らかになるのは、以下の二点である。①ベルクソンは受動的適応による進化の説明の限界を指摘することで、生物の現在の状態には複数の原因があるという、「ティンバーゲンの四つの問い」や比較心理学における「多重因果性」と似通った因果性に関するアイデアを提示していること。②真の適応たる能動的適応は、『物質と記憶』における知覚や記憶力と密接に結びついており、過去の介入によって生物が自らの行動様式を獲得・拡張する過程として理解できるということ。最後に、『物質と記憶』の再認論を踏まえて、能動的適応を種的な習慣形成の過程として理解する理路を示す(5節)。こうした議論を通して、ベルクソンの創造的進化論を行動の進化論として捉え直すことが、本稿の主眼である。
著者
米田 翼
出版者
大阪大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

(1)自然的システム論とその生物学的背景:①ル・ダンテクの老化理論への反論を通して練り上げられるシステムの「構成」に関する理論、②ジェニングスの微生物の行動学を参照しつつ、『物質と記憶』の感覚運動システムと『創造的進化』の自然的システムを接続することで提示される、システムの「行動」に関する理論、これらからベルクソンの自然的システム論=生物個体論を再構成した。本研究の意義は、これまで不明瞭であった生物個体という存在者に関するベルクソンの理論を理解するためのモデルを提示したことである。(2)シモンドンとの比較研究:①ベルクソンとシモンドンは、個体化を連続的進展として記述するためにヴァイスマン遺伝に依拠しつつも、前者は個体に内在する遺伝的エネルギーに関する自説を通して、後者はフレンチ・ネオ・ラマルキズムの群体論に由来する個体-環境の理論を通して、これに修正を加える。②これに相関して、刺激-反応連合のデカップリングを、前者は刺激=入力と反応=出力との間の「遅延」の効果として説明し、後者は個体-環境のトポロジカルな関係の変容として説明する。本研究の意義は、シモンドンとのこうした相違点を明らかにすることで、ベルクソンの個体化論の内在主義的性格と、その射程および限界を明らかにしたことである。(3)創発主義との関係:先行研究ではモーガンの哲学・心理学のうちにベルクソン主義的側面が看取されてきたが、①モーガンこそがベルクソンの心の哲学(特に表象の理論)の最大の批判者であること、②アレクサンダーの時空の形而上学の鍵となる「継起」や「神性」概念の練り上げにベルクソンからの本質的影響が見られることを明らかにした。本研究の意義は、これまで不透明であった20世紀初頭の英仏の哲学の交流の一端を明らかにしたこと、また、アレクサンダーを介してベルクソンを創発主義的に再読しうる可能性を示したことである。