著者
荒井 紀子 鈴木 真由子 綿引 伴子
出版者
日本家庭科教育学会
雑誌
日本家庭科教育学会大会・例会・セミナー研究発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.58, 2015

<br><br><br><br>【目的】<br>&nbsp; &nbsp;1980年代後半以降、学校の中でしか通用しない力を標準テスト等で測るのではなく、現実の生活の中で真に働く力を評価する方法論が米国を中心に模索されてきた。ウィギンス(Wiggins, G.)等により「真正の評価(Authentic assessment)」の概念が提示され、それ以降、「リアルな課題」に取り組ませるプロセスのなかで子どもを評価する試みが各国で施行されている。スウェーデンにおいても、2011年のシラバス改訂により、評価基準を明示化し、その到達に向けての学習の工夫が志向されている。本報告では、同国の家庭科の新シラバスにおける評価尺度を検討すると共に、評価方法として提示されている「真正の評価」の事例として、パフォーマンス評価をとりいれた学習事例を取り上げ、子どもの学習の実際と、学習構造の特徴について分析する。<br><br>【方法】<br>&nbsp;&nbsp; スウェーデンの2011年家庭科シラバスおよび関連文書、教師用解説書等について文献調査を行なった。また2014年10月に、ヨーテボリ市郊外の中学校において、「真正の評価」の方法論としてパフォーマンス評価を採用した授業を参観するとともに教師の面接調査を行った。加えて新シラバスおよび評価方法について、ヨーテボリ市、ストックホルム市およびウプサラ市の大学関係者と家庭科教師に、聴き取り調査を実施した。<br><br>【結果および考察】<br> &nbsp;&nbsp; スウェーデンでは、2011年に知識の獲得と定着、選択の自由の拡大、生徒の安全の確保の3点を促進する新教育法を制定し、新カリキュラムを導入した。大きな特徴として、学習の評価尺度をAからFまでの6段階(このうちA~Eが合格)で示し、評価を第6学年から開始することを定めるとともに、知識をより深く広く獲得するための方法として「真生の評価」の方法を提示している。家庭科については、2つのパフォーマンス評価の演題「持続可能なランチ」「タコスの夜」が開発され、それを活用することが推奨されている。<br> &nbsp;&nbsp; 今回参観した「持続可能なランチ」(9年生、6時間)の学習は、以下のような3段階構造をとっていた。1)「持続可能」をキーワードに、a.健康・栄養、b.価格や品質、c.環境への影響の3点(これらは生徒が生活の質について考えるうえで重要な家庭科シラバス全体を貫く観点)に配慮した献立を各自で考え、活動内容、道具・調理方法、時間行程を検討し計画を練る。(180分) 2)12名が調理実習者と観察者の6組のペアになり、実習者は自分で考えた献立のもとに、手順に沿って食材を調理し、料理を完成し、片付けまで全て1人で遂行する。観察者は終始そばで実習の様子を観察し、評価シートに結果を記入する。この役割は週毎に入れ替わる。(80分) 3)実習後、キーワードと3つの観点から自己の実習について省察し、観察者による評価シートも参考にしながら、改善点を考え自己評価を行う。(60分)<br>&nbsp;&nbsp; 全体的に、実習者の集中力と意欲の高さは際だっており、かつ楽しんで活動する様子が観察された。知識を理解しつつ、それをスキルに結びつけ、かつ試食という本番に向かう学習の構造であること、および本人の自由な発想が保証されていたことが、生徒の意欲ややりがいを刺激した要因と考えられる。また評価の視点が全員に通知され共有化されており、さらに、「健康」「経済」「環境」の3観点を目ざすことがどの程度できたかを生徒が省察的に自己評価することになっている。評価という行為が、生徒の学習の深化を促す契機となり得ているのは、こうした学習の構造によるところが大きいと考えられる。<br>&nbsp;&nbsp; なお、これらの授業が、実習時間の長さ、1クラスの人数の少なさ、機能的なシステムキッチンの整備などに支えられている点も無視できず、日本の家庭科の学習環境の問題がみえてくる。<br><br>&nbsp;&nbsp; パフォーマンス評価のもうひとつの演題「タコスの夜」の分析と、日本における「真生の評価」に関わる授業のさらなる開発が今後の課題である。<br><br>
著者
河岸 美穂 綿引 伴子
出版者
日本家庭科教育学会
雑誌
日本家庭科教育学会大会・例会・セミナー研究発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.48, pp.23, 2005

<B>(目的)</B>少子化が進み、児童虐待や育児放棄などが多発している中、子どもについて理解し、乳幼児に適切に対応できる力をはぐくむことは大切である。先行研究より、乳幼児に対する興味・関心や理解を深めるために、保育体験をすることは有効であることがわかっているが、家庭科の単位数が減少している中、家庭科の授業の中で保育体験の時間を確保することは難しい現状である。そこで、幼児に対する興味・関心や理解を深めるとともに、生徒の自己理解を深め、進路選択の一助になることを期待して「総合的な学習の時間」において幼児と接するための学習と保育体験を行った。この体験が生徒の自尊感情や社会的スキルを高めることに役立つかどうかを考察することと、高校生だけでなく、参加した高校教員、保育士、幼稚園児の意識調査から、保育体験の有効性と課題を検討することを目的とした。<BR><B>(方法)</B>2005年に県立高校普通科2年生273名(男71名、女202名)を対象に総合的な学習の時間において幼児と接するための学習と保育体験を行い、保育体験学習前と体験後に乳幼児や保育体験に対する意識と、自尊感情及び社会的スキルに関する調査を行った。また、保育体験後に生徒と共に参加したクラスの担任・副担任14名、受け入れ先の保育士18名、幼稚園児365名に意識調査を行った。<BR><B>(結果と考察)</B>(1)生徒の自尊感情の平均得点は、保育体験後の方が有意に高かった。この結果から保育体験によって自尊感情が高まることがわかった。(2)社会的スキルについては体験前と後において有意差は見られなかった。短い体験時間では社会的スキルの変化までは難しいと考えられる。しかし、社会的スキルの高い生徒群ほど「子どもに対する興味・関心」「関わる自信」「成長を知ることの大切さ」が高く、子どもに対するマイナスイメージが低いことがわかった。(3)3才から5才の幼稚園児1人1人に聞いた結果、361人(99%)が「高校生と遊んで楽しかった」、359人(98%)が「また遊びたい」と答えた。(4)保育士は18名全員が園児にとって「良かった」「わりと良かった」と答えた。具体的には「大人とは違う、きょうだいとも違う年代の人と過ごす経験は大切だと思うから」「園児が自分のことを話そう、わかってもらおうとする姿がたくさん見られたこと」等と答えている。保育士さん自身は楽しかったかという質問に対しては、15名(83%)が「楽しかった」「わりと楽しかった」と答えている。その理由として「園児の違った一面を見ることができた」「つまらなそうな顔をしていた高校生が子どもと触れ合うことにより明るい表情に変化するのを見て」「普段、高校生と話す機会がないので」「若い子には負けられないといつも以上にハッスルできた」等と答えている。保育体験を続けたら良いかについては17名(94%)の保育士が続けたら「良い」「わりと良い」と答えた。保育体験の課題として、園児の安全を十分に考える、おしゃべりや私語を慎む、返事や自己紹介をしっかりする、積極的に子どもと関わる等をあげている。(5)参加した教員は回答しなかった1名を除く全員がこの体験が高校生にとって「良かった」「わりと良かった」、園児も「楽しそうだった」「わりと楽しそうだった」と答えている。意見・感想として「幼児との接し方がわからなく、幼い命が奪われてしまうことが多い中、十代のこの体験はとても意味があると思う」「実習の後、授業でもわがまま言う生徒が減った気がする。意外な生徒の意外な一面が見られて、教師側からも生徒理解を深めることができた」「園児は片づけや身支度『こんにちは』『さようなら』という基本的なことがきちんと出来ていたので、今の高校生が忘れている大切な基本を振り返る時間となった。この体験が保育に関しての知識を深め、進路決定に役立つことだろうと思う」と答えている。保育体験を続けたら良いかについては8名(57%)の教員が続けたら「良い」「わりと良い」と答えた。他の教員も保育体験をすることを否定しているのではなく改善が必要と述べている。改善点として、時期や時間帯、回数の見直し、教科との関連を探る、体験が生かされる総合的な学習の時間全体の「流れ」が必要、事前学習と身なり指導の徹底等があげられた。(6)総合的な学習の時間で行うことのメリットは、担任の引率で実施することで生徒の実習態度が良くなったこと。教室では見られない生徒の表情をみることができたこと。教員の生徒理解が深まること。デメリットは、事前事後の学習時間が確保しにくく、幼児の心身の特徴・行動パターン・接し方などの理解が充分とは言えないことである。