- 著者
-
能美 隆
前川 麻弥
- 出版者
- 公益社団法人 日本分析化学会
- 雑誌
- 分析化学 (ISSN:05251931)
- 巻号頁・発行日
- vol.62, no.4, pp.285-296, 2013-04-05 (Released:2013-06-10)
- 参考文献数
- 30
人類は,水素を中心とした新しいエネルギー時代を迎えようとしている.言い換えると,古い火は新しい火に移行しようとしている.長い間火災を追ってきた者にとって,火災の前兆現象を分析し判断する尺度を変化させざるを得ない.火災検出で長年使用される煙センサーも火災性状の変化と共に使用できなくなる可能性がある.二酸化炭素センサーから水素センサーを使用する時代が到来するだろう.すなわち,煙の出る火から煙のでない火に,明るい色のある火から色の出ない火に,ニオイのある火から無臭の火に,二酸化炭素の出る火から出ない火に,火は時代と共にその姿を変えている.昔はゆっくりと燃え煙やニオイを出した火から,煙や色,ニオイの無い,瞬く間に燃える火,時として漏洩(えい)すると爆発的に燃焼する火に移行しようとしている.火災の前兆現象を的確に捕らえ判断する事がより難しい時代になって来たと言う事ができる.ここでは,火のニオイを取り上げ火とニオイの関係について,燃焼に際して生成する煤(すす)やニオイについて述べる.ニオイと言うと,香料や香水の良い香り,焼きたてパンの香ばしいニオイを連想する.芳香は人の能に心地よい刺激を与え活力を生み出し,芳ばしさは脳に働きかけて唾液を分泌させる.人は本来ニオイにとても敏感である.焦げ臭いニオイは本能的に生物に退避行動を誘起する.山火事や家屋の火災は危険であり咄嗟(とっさ)に逃げるのは生存の必須要件である.繰り返される大火や戦火に追われた経験のある我々は本能的に火のニオイに敏感であった.しかし,災害から少し経つと我々は火が怖い事を忘れてしまう.そこで,ニオイに本来敏感な生物を振り返ると共に,火災より生ずるニオイ,火災後に残るニオイや,最近のニオイ分析の進歩と応用について解説し,焦げ臭や煙のでない火災の前兆をどのように察知し退避するか考えてみたい.