著者
舘下 徹志
出版者
佛教大学国語国文学会
雑誌
京都語文 (ISSN:13424254)
巻号頁・発行日
no.16, pp.209-226, 2009-11-28

横光利一の長編小説『旅愁』はこれまで、戦時下の思潮に沿う<日本主義>を基調とした小説として読まれてきた。確かに同時代の国粋的な言論と、作中における矢代、東野らの発言との間には互いに通じ合うところが多い。従来の研究も、その両者のつながりに着目してきた。しかし、それらの非合理な言葉の数々は、近世国学思想に淵源を持つ、対話を志向しない諸言説にこそその<根拠>を見出すことができるのではないか。この小説に描かれた<言挙>、<産霊>、<古神道>のありようについて考察すると、いずれも国学者たちによる、他者からの異議に価値を認めない独善的な見解をふまえ、それに支えられていることがわかる。『旅愁』の<日本主義>は、そうした揺るぎない特権意識に浸る国学言説の受容と変形を経て形作られたのである。