- 著者
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芥川 進
- 出版者
- The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan
- 雑誌
- 有機合成化学協会誌 (ISSN:00379980)
- 巻号頁・発行日
- vol.44, no.6, pp.513-518, 1986-06-01 (Released:2009-11-13)
- 参考文献数
- 12
- 被引用文献数
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7
9
本技術の特色は新規に開発された不斉合成反応を用いて光学活性テルペノイドの工業生産を実現したことにある。原料から中間体を経て製品までの各プロセスにそれぞれ改良あるいは新技術の開発, 導入が行われたが, とりわけ不斉合成反応において独創的な諸技術が確立された。これを要約すると次の通りである。1.軸不斉を有する新配位子の工業生産。2.触媒活性低下の少ない新ロジウム錯体触媒の開発。3.高価なロジウム錯体の回収, 再使用技術。その結果, 光学収率98.5%, 化学収率98%, 不斉増殖率105という画期的な不斉合成法を世界に先駆けて実現した。次に, 本法の特徴として (R) あるいは (S) の光学活性体を原料あるいは配位子の選択, 組み合わせで任意に作り分けられることができる。これを図示すると次のようになる。即ち, 1.石油資源のイソプレンまたは植物資源のミルセンのいずれも原料として用いられる。2.光学分割によって得られる配位子の両対掌体が使用できる。これは本技術の経済的および工業的有利性を示すものである。なお基質のE/Z (cis-trans) で光学純度の等しい (R) あるいは (S) 異性体が生成することは触媒反応による不斉合成ではめずらしい例である。光学純度に関しては, 現在98.5%eeでありl-メントール製造においてはイソプレゴールを-50℃に深冷することで100%eeのl-イソプレゴールを得ているが, 配位子の構造修飾によりほぼ100%eeを達成できることを見出し, 工業化実施中である。これによりメントールの合理化のみならず, 有機化学者の挑戦課題の一つであった天然品と同等の光学活性体の工業的製造を実現することになる。本技術はl-メントールに代表される光学活性テルペノイドの製造に用いられるにとどまらず, 例えば光学活性シトロネラールのように, ビタミンなどの医薬, 昆虫フエロモンなどの農薬の原料としていわゆる光学活性構築材料 (キラルシントン) としての活用がより盛んになるであろう。生理活性物質を主たる目的とする精密有機合成化学の分野で本技術は光学活性化合物の一般合成法として広く活用されることが期待される。錯体触媒は主として石油化学工業で活用され大きな成果をあげてきた。一方これを精密有機合成の分野に応用しようとする試みは多数あり, 優れた研究はあるが工業化された例は少ない。本技術は我が国で生まれた基礎研究が工業化につながった例として, また大学と企業の共同作業が成功した例として大きな特色があり, このような開発体制が我が国化学工業の当面する諸問題解決の参考例となればこれに勝る幸せはない。