- 著者
-
薄井 俊二
- 出版者
- 埼玉大学
- 雑誌
- 一般研究(C)
- 巻号頁・発行日
- 1993
本研究の目的は、「華陽国志」等の魏晋南北朝期の地方志に見られる地理思想・地理的世界観を思想史的に考察することにある。しかしこの期の地方志は、実際にはほとんどが散逸してしまっているため、先ず「地方志」の本文の蒐集・確定という基礎的な作業を行う必要がある。こうした仕事は清朝の学者達によってある程度なされており、その集大成として王謨の「漢唐地理書鈔」があるが、残念なことにこの輯逸本は一部分が刊行されているに留まり、多くの部分が散逸してしまっている。そこで本研究の具体的な作業としては、この「漢唐地理書鈔」にならった地理書の輯本の作成に力を注いだ。即ち現存する「漢唐地理書鈔」の二つの目録に収録されている、500種あまりの書名を下敷きにして、地理書の目録、及び輯逸本の作成を進めた。その成果の一部は、「漢唐地理書目(稿)その1-「起漢至唐諸州地理書記」篇-」として、研究成果報告書にまとめた。今後継続して進める予定である。また、後漢から魏晋南北朝期の地理思想の展開の様を明らかにする目的で、「紀行文的文学作品」や「遊記的散文」の検討も行なった。具体的には、「曹操の楽府詩「歩出夏門行」について」において、この詩が軍旅を契機とした紀行文的な連作の詩であるという点では紀行文的辞賦作品の系譜の上にあるものの、詩全体の性格としてはむしろ泰の始皇帝の「泰山刻石」や漢の高祖の「大風の歌」に通ずるものであることを明らかにした。また、「封禅儀記訳注稿」においては、この資料が封禅の記録という儀注・起居注的部分と、山川遊歴的な部分とに色分けされ、後者は後に登場する「山川遊記」の先駆的性格を有するが、そこに見られる山川観はきわめて即物的であったことを指摘した。こちらの展開としては、東晋の慧遠の作とされる「遊石門詩並序」を次の対象とし、仏教思想の展開を視野に入れつつ考察を深めてゆきたいと考えている。