著者
佐原 哲也 石田 勇治 市野川 容孝 山岸 智子 薩摩 秀登 丸川 哲史 三沢 伸生 関 哲行 武内 進一 大石 高志
出版者
明治大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2004

本研究では、民族浄化とは民族が国家主権の基礎となるという国民国家理念に起因する近代的現象であるとの仮説の有効性を検討した。三年間の研究期間の間に、ヨーロッパ、ユーラシア、中東、アフリカ、東アジアの幾つもの事例を比較研究し、仮説の有効性は大部分証明された。住民の強制排除、大量追放は、近代初期のヨーロッパに始まり、一九世紀から二〇世紀には東欧・バルカン、中東、旧ソ連、アジア、アフリカへと広がっていったことが確認されたからである。研究の結果、更に重要な発見もなされた。それは民族浄化の発生メカニズムの具体的な解明である。この発見は、ボスニア内戦を中心に、民族浄化を生み出した政治状況、社会的条件、イデオロギー、暴力の展開過程がつぶさに解明された結果であった。ボスニア内戦はユーゴスラヴィ社会主義連邦共和国の解体に起因し、これは一九八○年代のデタントと世界的な金融危機に始まり、一九八九年の東欧革命の余波をうけていた。余波は共和国毎の複数政党選挙という形をとり、選挙後、連邦政府の統合機能が失われ、憲法秩序が崩壊した。これに続いて、独立を目指す共和国が非合法な武装を開始し暴力の独占が崩壊した。こうして、住民の間に生命と財産の不安と恐怖を広がり、従来のアイデンティティが崩壊し、ジェノサイドの「記憶」に基づく危機意識が芽生えた。そして、民族主義者はこれを利用して権力を濫用し、民族浄化を展開したのである。その際、特に民兵の役割が重要であった。民兵は主に犯罪者から組織されていたが、民族解放運動の伝統を利用して自己正当化を図り、受け入れ可能な存在となった。結論として、民族浄化の防止には秩序崩壊時の暴力の統制、特に民兵の排除が中心的課題であることが明らかとなった。