- 著者
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倉坪 亮太
藤井 周
渡邊 裕之
- 出版者
- 公益社団法人 日本理学療法士協会
- 雑誌
- 理学療法学Supplement
- 巻号頁・発行日
- vol.2011, pp.Ca0940, 2012
【はじめに、目的】 成長期は骨の長径発育に対し筋の発育の遅延が生じるため,筋柔軟性が低下しやすいと考えられている.また成長期スポーツ選手の下肢筋柔軟性は,スポーツ障害発生と関連が深いことが鳥居と中沢らにより報告されており,スポーツ障害発症の要因の一つと考えられている. 成長期サッカー選手では,キック動作における動作特性から,軸足の大腿四頭筋,ハムストリングス,下腿三頭筋等の筋柔軟性が低下することが牧野ら,中沢らにより報告されている.また袴田らはキック動作時の身体重心の後方化が,軸足に成長期スポーツ障害を有する選手の特徴の一つと報告している.しかし軸足筋柔軟性とキック動作の持つ動作特性との間の因果関係について客観的に明らかにした報告は少ない. そこで本研究は,軸足筋柔軟性とキック動作を解析し,成長期サッカー選手の筋柔軟性とキック動作の関連を明らかにすることを目的とした.【方法】 対象は,少年サッカーチームに所属する競技経験24ヶ月以上の小学5年生37名(年齢10.2±0.4歳,身長1.39±0.06m,体重33.1±5.5kg,経験歴50.3±18.9ヶ月)とした. 筋柔軟性は,鳥居の方法を一部改変し,軸足の大腿四頭筋,ハムストリングス,腓腹筋,ヒラメ筋を測定した.測定は熟練した理学療法士1名が行った. キック動作の撮影は,ハイスピードカメラEX-F1(CASIO社製)を4台使用して行った.身体重心位置を算出するためのマーカー貼付位置は,横井らに従い被験者の全身21ヶ所に反射マーカーを貼付した.キック動作はゴール内に設置した標的に命中させるように全力でインステップキックを実施した.キック動作の採用条件は,ボールが標的に命中し,かつキック動作後に被験者がキック動作を自己評価し,被験者本人が満足した試行を選択した.撮影は3回撮影が実施できた後に終了した. 解析は,撮影された3試行のうち,インパクトが良好であったものを1試行抽出し,3次元ビデオ動作解析システムFrame-DIAS IV(DKH社製)を用いて身体重心位置を算出した.重心位置の指標として,身体重心位置と軸足外果の距離を「身体重心距離」と定義し,算出された身体重心距離からキック動作中の軸足踵接地時,ボールインパクト時,および最大身体重心距離時の3時点を抽出した. 統計はSPSS11.0J for Windowsを使用し,筋柔軟性と軸足踵接地時,ボールインパクト時,最大身体重心距離時の3時点の身体重心距離の関係をSpearmanの順位相関係数を用い検討した.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者ならびに保護者に書面にて実験協力を依頼し同意を得た.なお本研究は北里大学医療衛生学部研究倫理審査委員会の承認を得ている.【結果】 軸足ハムストリングスの筋柔軟性と身体重心距離は,軸足踵接地時(r<sub>s</sub>=0.42*),ボールインパクト時(r<sub>s</sub>=0.55**),最大身体重心距離時(r<sub>s</sub>=0.39*)の全てにおいて有意な正の相関が認められた(* p <0.05,** p <0.01).軸足ヒラメ筋の筋柔軟性と身体重心距離は,軸足踵接地時(r<sub>s</sub>=-0.39*),最大身体重心距離時(r<sub>s</sub>=-0.39*)において有意な負の相関が認められた(* p <0.05).その他の筋柔軟性と身体重心距離には有意な相関は認められなかった.【考察】 今回の結果から,キック動作時の身体重心距離が長くなるほど,軸足のハムストリングスの筋柔軟性が低下することが考えられた.キック動作時の身体重心距離の延長は身体重心の後方化を示す.身体重心の後方化は,意識的に強いボールを蹴る時に発生しやすく,骨盤の後傾・体幹の伸展が増加した"後傾"と呼ばれる姿勢となる.後傾でのキック動作は,体幹の伸展動作が強調されるため,主として体幹や下肢後面の筋群が過活動となり,このような活動の繰り返しは筋柔軟性の低下が惹起するものと推測される. また身体重心位置が後方化したキック動作は,膝関節伸展モーメントが増加し,大腿四頭筋が過活動となることが報告されている.成長期の大腿四頭筋による脛骨粗面への牽引ストレス増加は,脆弱な成長軟骨に侵害ストレスを与え,オスグッドシュラッダー病の発症を容易にすることが考えられている(鈴木ら).今回の結果から軸足ハムストリングスの筋柔軟性低下とキック動作時身体重心位置の後方化に関連が認められたため,軸足ハムストリングスの筋柔軟性に着眼していくことが,成長期スポーツ障害の予防につながると考えられた.【理学療法学研究としての意義】 成長期サッカー選手において,軸足ハムストリングスの筋柔軟性低下とキック動作時の身体重心位置の後方化に関連が認められた.本研究で得られた知見は,競技特性が筋柔軟性に与える影響の特徴を反映しており,成長期スポーツ障害発症予防における競技特性の観点による戦略構築を実施するための一助となると考えられる.